新宿「職業ホームレス」に“バブル”が到来していた(1)訪日外国人に「チャオ!」

 コロナ禍以降、インバウンド消費は右肩上がり。実は、旅行業界、商店や飲食店ばかりが恩恵を受けているわけではなかった。酔って気分が高揚した外国人観光客たちは、気前がよく─。都内屈指の繁華街から、新進気鋭のフリーライターが現場ルポでお届けする。

 数多くの飲み屋が建ち並ぶ、東京・新宿の繁華街の外れである。たった1枚の段ボールを拠点とする住人に声をかけたのは、酔った頭での気まぐれだった。

「おっちゃん、酒を一緒に飲まないか?」

 それまで覇気がない表情をしていた、50代と思しきホームレスの男性は途端に満面の笑みを浮かべた。

 目と鼻の先には、飲み屋が数十軒ひしめいてる。平日の20時過ぎ、狭い歩道は人であふれ、いずれの店も繁盛しているようだ。

「どこ入ろうか? 行きつけあれば、そこで奢るけど」

「いや、俺は店には入らない。行きたくない」

 どうしたことか、男は頑なに店での宴を拒否して段ボールの上から動こうとしない。笑顔も消え、うつむいてしまったのである。

 ひと目でわかるような不潔な装いなどしてはいないが、過去に雰囲気で入店拒否されるなど、嫌な思いをしたことがあるのかもしれない。そんな推測もできたので、少々肌寒くなってはいたが、酒盛りは路上で開始される運びとなった。

「かんぱーい!」

 近所の量販店で安酒を買って戻ると、男は一転して饒舌になった。

「お酒、大好き。俺、大ちゃん。よろしくね」

 ビール、焼酎、日本酒、酎ハイ、「プレミアム」とつく少々お高い飲料も含めて色々と並べてみると、大ちゃんはアルコール度数の低い女性向けの酎ハイを手に取った。適当に選んだおつまみに関しては、どんなに勧めても手を伸ばさない。よもや、仕事中だったからなのか─。

 大ちゃんが陣取る段ボール敷地の前にはタッパーが1つ。中には合計百数十円の小銭が寂しそうに入っている。

「いつもここにいるの?」

「いっつもじゃないけどね。面倒見ている奴がいるから。そいつを助けるのに、定期的に来てる。俺以外に助けてやれる人がいないからさ」

 どうやら大ちゃんは、近くで寝泊まりしている別のホームレスに時々、弁当を買って差し入れしているらしい。小銭を恵んでもらう立場でありながら、他人に弁当を提供する?

 どこまで本当なのかは不明だったが、こちらは酒をご馳走している立場でもあり、少しばかり上から目線でアドバイスしてあげることにした。

「生活保護をもらえばいいんじゃない? 新宿には支援団体もあるし、部屋を仲介してくれる不動産会社もあるよ」

 そんな話をしている最中だった。1人の酔っ払った外国人が、タッパーに1000円札を投げ入れたのだ。大ちゃんは「サンキュー」と言いながら、その1000円札をそそくさと胸元にしまい込んだ。ついでに目の前を通り過ぎていく別の外国人たちに「チャオ!」などと適当な言葉を投げかけていく。もっとも、決して愛想はよくない。

 寝転んだまま、半分目を瞑った状態だったりするので、それでは施しも少ないだろうと、余計なお世話とは思いつつ、お手伝いすることに。外国人が通るたびに「ノーホーム、プリーズマネー」と、酔った勢いで訴えてみた。

 すると、最初の声かけですぐに1000円札をいただけたのだ。

「どうだ、大ちゃん。俺と呑んでよかっただろ?」

「あ? こんなの普通だよ。ここで1晩寝てりゃ、少なくとも1万5000にはなる。日によっちゃ2万も超える。だから、飲み屋なんて行って酒呑んでる暇なんてないんだよ」

 何ともスゴい言い草だが、どうやらそれは事実のようだった。

(フリーライター・齋藤ひろし)

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