寺脇研が選ぶ「今週のイチ推し本」酒の遍歴から漫画家人生まで「酒のほそ道」作者の自伝!!

 ラズウェル細木といえば、知る人ぞ知る「飲んべえグルメ漫画」の第一人者である。代表作「酒のほそ道」は「週刊漫画ゴラク」で、30年にわたって連載が続いている人気作品だ。

 その人の漫画家人生と、酒の話題を軽妙に扱った自作の成立裏話を聞くことができるのが本書。しかも聞き役で登場するのは、パリッコ、スズキナオのおふたりだ。酒の楽しみ方を探求するユニット「酒の穴」を名乗り、本誌連載のリレーエッセイ「ラブレターfrom酒場」でお馴染みではないか。愛読している方も多いに違いない。この3人の鼎談が繰り広げられる合間に「酒のほそ道」をはじめとするラズウェル漫画のダイジェストが挿し挟まれるのだから、酒飲みにとっては楽しいことこの上ない。なにしろ「酒の穴」コンビは、この漫画家の大ファンときている。作品を隅から隅まで読み込み、敬意をこめてインタビューしていく。

 そこで明かされるのは、高校2年生以来、半世紀にわたる酒との付き合いだ。父親たちが飲み残したサントリーウイスキー「レッド」を興味本位で舐めてみた少年が、酒に酔う快感を味わい、翌日ひどい二日酔いに苦しむほど大量に飲んでしまったところから始まる。誰しも思い当たる酒との出会いの記憶だが、最初からここまでいってしまう辺り、生来の飲んべえと言えよう。

 以来50年、酒場遍歴の数々が楽しく語られていく。終電を逃すと、そのまま座敷で飲み続け、最後は雑魚寝して始発を待つのを許してくれた学生時代の行きつけの飲み屋。トリスバー、ゴールデン街、チェーン店居酒屋、常連が集まる近所の店、遠征した大阪、京都名店巡り‥‥さまざまな酒場が紹介され、さながら「ラズウェル細木の酒場放浪記」である。

 失敗談の数々も出る。大学の授業の空き時間に、所属する漫研(漫画研究会)での酒盛りに参加してしまい、次の授業の最中に教室でゲロを吐いてしまった話、大鉢一杯の酒盗だけを肴にして全部平らげてしまい「酒盗ゲップ」連発の最悪二日酔いに陥った話‥‥いずれも3人の会話として披露されるので、まるで酒場のカウンターで聞いているかのようだ。

 もちろん、酒飲み話だけではない。大学漫研活動の様子や、漫画家デビューするまでの紆余曲折、子育て、家庭生活など、固有の人生観に基づく生き方も興味深く、下戸の方々が読んでも十分おもしろいはずだ。

 随所にラズウェル細木のイラスト、挿絵があるだけでなく、本書のために書き下ろした短編漫画「ラズウェルの1日」まで読めるとあって、酒好きの人、漫画好きの人、そしてユニークな人間の人生について興味を持つあらゆる人を満足させる1冊なのである。

【「ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と」ラズウェル細木・パリッコ・スズキナオ・著/1980円(平凡社)】

寺脇研(てらわき・けん):52年福岡県生まれ。映画評論家、京都芸術大学客員教授。東大法学部卒。75年文部省入省。職業教育課長、広島県教育長、大臣官房審議官などを経て06年退官。「ロマンポルノの時代」「昭和アイドル映画の時代」、共著で「これからの日本、これからの教育」「この国の『公共』はどこへゆく」「教育鼎談 子どもたちの未来のために」など著書多数。

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