寺脇研が選ぶ「今週のイチ推し!」「徴兵制」「官僚制度」を確立 強権政治家の生涯に迫る!!

 山県有朋の名をご存じの方は多かろう。歴史教科書には必ず載っている。しかし、どんな人物かを知っているかと問われると口ごもってしまうのではないか。近現代史をかなり深く学んだという自負心を持っていたわたし自身、本書で初めて教えられた点がたくさんあって、恥じ入ったしだいである。

 というのも「維新の三傑」と呼ばれる西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允(桂小五郎)をはじめ、幕末の志士たちが映画、ドラマなどで大活躍する中、見たことのない名前だからだ。

 長州藩の最下層武士の家に生まれた若き日の彼の活躍はめざましい。20歳で松下村塾へ入り吉田松陰の指導を受けた後、高杉晋作の組織した奇兵隊ナンバー2になり、欧米艦隊との下関戦争、幕府との長州戦争で奮戦。攘夷の過激派から開国、倒幕の意識に目覚めると木戸、西郷の仲間になり、敵方の勝海舟からも認められる存在となる。

 ただ、ほとんど長州に居て、表舞台である京都や江戸での活躍がなかったために取り残されたのだろう。それに「三傑」世代とは年齢差があった。3人が没した後の明治10年代以降の政府において、その後を継ぎ国家経営に尽力するのである。ことに、西南戦争で政府軍司令官となり、深く敬愛していた西郷を討ち取った際の苦衷は、私情より、近代国家建設を優先した、後発世代の代表である彼の立ち位置を象徴している。

 明治以降の近代史が専門の著者は、その後の山県がどうやって近代日本を育て上げていったかを、新発見の資料を駆使しながら紹介していく。最も力を注いだのは、国家防衛の主役を武士から国民全体へと切り替える徴兵制の確立だ。陸軍の創設者でもあったため、山県イコール軍国主義の印象が作られた原因だが、当時の国際情勢を考えれば、植民地化を免れるには必須の事業だった。これがあってこそ、条約改正や日露戦争の辛勝を成し遂げ、欧米と対等の地位が獲得できたのだから。

 学者である著者は、2度の首相就任や天皇を支える枢密院議長として活躍した山県の功績だけでなく、功罪の両方を公平に示していく。中央政府の官僚制を確固たるものにしたことは、一方で官僚出身者による政治と議会中心の政党政治との対立を生んだ。同世代の伊藤博文が千円札になるなど現在でも親しまれているのに対し、実務家の面が強いために陰の位置にあったのも仕方あるまい。

 しかし、山県は長生きした。幕末から明治だけでなく、伊藤や明治天皇が去った後の大正時代にまで。それゆえに今で言う「老害」の面もあったろうが、60年以上にわたって命がけで社会全体のことを考え、行動した人間が居た事実は、本書に明らかだ。それに比べて今の政治家ときたら‥‥。

《「山県有朋 明治国家と権力」小林道彦・著/1056円(中公新書)》

寺脇研(てらわき・けん)52年福岡県生まれ。映画評論家、京都芸術大学客員教授。東大法学部卒。75年文部省入省。職業教育課長、広島県教育長、大臣官房審議官などを経て06年退官。「ロマンポルノの時代」「昭和アイドル映画の時代」、共著で「これからの日本、これからの教育」「この国の『公共』はどこへゆく」「教育鼎談 子どもたちの未来のために」など著書多数。

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