日本の空前の金メダルラッシュに終わった東京オリンピック。野球では日本が37年ぶりの世界一に返り咲いた一方で、2008年北京オリンピックの覇者・韓国は、日本との準決勝、アメリカとの敗者復活準決勝、ドミニカ共和国との3位決定戦で痛恨の3連敗を喫し、ノーメダルに終わった。
最終戦の対ドミニカ戦では、韓国は3点を追う5回に4点を奪い一度は逆転するも、1点リードの8回に元阪神のオ・スンファンが一挙5点を奪われて逆転負け。大量失点を許したオ・スンファン投手をはじめ、韓国チームの表情は顔面蒼白だったが、それもそのはず。韓国チームには敗戦のショックと同時に「兵役」の義務が生じた瞬間だったからだ。
ソウル在住のジャーナリストはこう解説する。
「1953年以来、北朝鮮との休戦状態が続いている韓国では、19歳以上の男性は1年半から2年ほど兵役義務があり、芸能人やアスリートも例外ではありません。但し、アスリートはオリンピックでメダル(金、銀、銅問わず)を獲得すれば、兵役が事実上免除されます。そのため、兵役を控える若手選手たちにとってメダル獲得は絶対条件。そんな状況で挑んだドミニカ共和国との最終戦でまさかの逆転負けを喫し、計7人の韓国人選手の兵役が確定しました。しかし、そもそも3位決定戦の前の時点で韓国世論の一部では、因縁の相手である日本に続いてアメリカにも敗れ、あまつさえ本戦に6カ国しか出場していないのに銅メダルを獲ったくらいで、兵役免除されるのは解せないという声も聞かれました。韓国では軍隊内部での厳しい訓練、いじめや虐待行為などがたびたび報じられており、兵役は苦役とみなされている。それなのに、大して活躍もしていないアスリートが免除されるとなれば、国民から妬まれるのは必至。実際にこれまでも芸能人やアスリートの不正な兵役逃れが起こり、問題となってきました」
韓国社会では年々、兵役制度の歪みが大きくなってきているという。
「本来、20代といえば、成長意欲に溢れ様々なことを吸収できる時期。その時期に兵役を経験することは、キャリアの断絶を意味します。特に現役寿命の短いアスリートの場合、兵役を回避できるか否かは死活問題。また、現在韓国では女性の社会進出が進んでいる一方で、兵役を終えた20代男性の就職は厳しくなっています。男性にしてみれば、自分たちが兵役に就いている間に女性は着々とキャリアを築き、差をつけられている状況。企業で働く会社員が在職中に兵役に就くケースもありますが、在職中は後輩だった女性が、兵役を終えて会社に戻ってきたら上司になっていた…なんてことも。兵役後に留学や資格の勉強など学業の続きを行う場合は、ますます男性の自立が遅れる。こうした状況に不公平感を募らせる男性も少なくなく、深刻なジェンダー対立が生じており、女性に対しても兵役の義務を課すべきという声や、兵役を志願制にするべきだという声も上がっています。さらには、そもそも兵役制度の根拠でもある北朝鮮が、本当に韓国を攻めてくるのかという懐疑論、兵役よりもビジネス経験を積むほうが韓国の国力強化に繋がるという経済優先論を望む声もあります」(同前)
兵役免除者への嫉妬やジェンダー対立など、兵役制度を発端として内部対立が始まりつつある韓国。このチャンスを北朝鮮が虎視眈々とうかがっていることはいうまでもない。
(道明寺さとし)