〈AM10時15分〉
さて、ナースステーションに近い、重症者の部屋に入ります。「失礼します。清掃させていただきます」と声をかけても、無反応の方ばかり。エクモなどを付けている患者は高齢者しかいません。唇は紫色、必死で息をしている様子も伝わってくるため、つい心配になって顔を覗き込んでしまいますが、先輩から注意されてしまいました。
部屋の清掃には大容量の消毒液を使用。用具室で高濃度の消毒液を4プッシュして、バケツの内側ラインまで水を入れます。その液体の中にワイパー用シートのようなウエスや破れにくい紙タオルを浸して、丁寧に拭き作業をするのです。
まず床、浴室の手が触れているであろう部分、テレビ、ベッド脇と、次々に消毒を行っても、患者はまったくの無反応。病室によっては、浴室の髪の毛が大量に排水溝の中に溜まっています。そこも全て拭き取っていくのですが、あくまでそれは元気な患者の部屋です。高齢患者は概ね、風呂に入ったりシャワーを浴びたりの形跡がなく、そのまま亡くなる方も多いと聞きました。
この作業中、病院食の配膳係がやってきましたが、恐怖を感じているのがありありで、おっかなびっくり食事を運んでいる姿がとても印象的でした。
〈PM12時〉
病院を出て、近くの中華料理店で昼食。日常と変わらない景色を眺め、午後からの仕事に備えます。
〈PM1時〉
高齢者の中には、認知症の方もいます。自分がコロナウイルスに感染していることを理解できていないため、顔をガラス窓に貼りつけて、なんとか室外に出て行こうとする事態が発生。鍵はかかっていませんが、扉の開け方も理解できていないようです。日本にもファンが多いゾンビドラマ「ウォーキング・デッド」のような光景に、少し恐怖を感じました。
中年で大柄の看護師はこうした状況にも慣れているのか、なんとか中の患者をなだめ、説得を開始するのです。
「ちょっと待って! 出てきちゃダメ! 今すぐこっちから部屋に行くから!」
そう絶叫しながらも、例の重装備を素早く身に着け、飛び込んでいきます。その姿を見ていると「ああ、やっぱり大変な仕事なんだな」と、敬服するばかりでした。このやりとりが一日中繰り返されていると思うと、医療従事者の心労が伝わってきます。
〈PM2時〉
50代患者の病室に入ると、ノートPCをカタカタ打ちながら、スマホをいじって勤務先に電話しています。突然、「僕、糖尿病の既往症があるんですが、無症状なんですよね。重症化するって本当なんでしょうか」と話しかけられました。「かかる人はかかるし、無症状の人は無症状だし‥‥何なんだろう、コロナって‥‥」と、また感じ入ってしまったものです。
(フリーライター・丸野裕行)