国民の誰もがドギモを抜かれた「持病悪化による突発辞任」の再現。予想外の展開で、永田町は一気に政局へと突入した。実は健康不安説が流れ始めた頃から、すでに「ポスト安倍」の暗闘は開始されており、「秘策」に打って出ようと手ぐすねを引く者もいたという。
まさに急転直下の騒動だった。13年前、持病の潰瘍性大腸炎が悪化したことで、わずか1年で総理の座を明け渡すことになったあのシーンが、またしても繰り広げられることになったのだ。
8月17日に続いて、2週連続で検査のために慶応大病院を訪れたことで、安倍晋三総理(65)の周辺では一挙に退陣説が色濃くなっていった。
実は、最初に体調不良情報が永田町を駆け巡ったのは7月上旬。「総理が官邸の執務室で倒れた」「吐血したらしい」などというものだった。そうした「政権末期」の様相を呈する中、まるで今回の電撃辞任劇を予感したかのような動きが、水面下で進行していた。早くも、後継者問題を見据えた丁々発止が展開されていたのである。
「外交はあなたにお任せします。そして安倍的思想、アベノミクス、憲法改正は私が継承します」
官邸の一室で待っていた男は、安倍総理が部屋に入って来るや、土下座せんばかりの勢いでこう訴える。「ポスト安倍」のひとりとして挙げられている派閥の領袖、岸田文雄政調会長(63)だった。
岸田派の関係者が明かす。
「通常、総裁選を実施するにあたり、これまで候補者は総理と面会してきました。そこでは『あなたの派閥の票をどうやってもらうか』の話をすることになります。実は岸田派内では『岸田総理・安倍外相』という、ウルトラCともいえるシナリオが真剣に議論されていたのです」
そこで想定されるのが、冒頭のセリフだったというのだ。いったい、どういうことなのかを探る前に、「ポスト安倍」を整理しよう。
「安倍内閣の支持率は、コロナ対策で失政が相次いだせいで30%台にまで落ち込んでいます。ところが安倍一強時代が長すぎた副作用で、同じ派閥内(細田派)にはこれといった後継候補が見つからない。他派閥を見渡せば、反安倍の急先鋒たる石破茂氏(63)、菅義偉官房長官(71)、麻生太郎副総理兼財務相(79)らの面々が取りざたされています。石破氏は反安倍を掲げすぎるあまり党内にアレルギーもあり、あとの2人も『安倍色』が強く、新鮮味に欠ける。そこで前回の総裁選を見送った岸田氏が、有力候補として挙がっていました。安倍総理自身も、前回、身を引いてくれたことに恩義を感じているようです」(全国紙政治部デスク)
その岸田氏は安倍総理とは、同じ93年に初当選した同期の間柄。派閥は違えど、安倍内閣では外相や防衛相に起用されてきた。7月30日には都内の日本料理店で2人が会食。そんな岸田氏がなぜ、「ウルトラC」を繰り出そうと考えたのか。
自民党関係者が嘆くには、
「実は党内の岸田シンパは少なく、人望がない。実務能力が乏しく、ある財務官僚は『岸田さんは何を言ってもわからない』と嘆いていたほどだ。これは話のポイントを理解しない、ということ。例えば政策を見た時に『これはこういうことが背景にあるから、あの人とこの人に義理を通しておこう』などと見通す力が必要になるわけだが、岸田さんにはそれがない。だから同じ派閥の中堅議員からも『親分がバカだから、俺が全部やってやってんだよ』などとナメられる‥‥」
岸田氏は広島県連のドンとしての力量を問われた19年7月の参院選でも失態をさらした。かつて「もう過去の人」と安倍総理を痛烈に批判した岸田派の溝手顕正氏(77)憎しからか、自民党は河井案里氏(46)=公職選挙法違反(買収)容疑で起訴=を同じ選挙区に送り込み、結果、溝手氏は落選。
「あからさまに刺客を送られ、落選させられているにもかかわらず、とりたてて抗議もせず。人間力の乏しさが明らかになった」(自民党関係者)
その後も失地回復を図る政治的手腕を発揮できず、みずから主導した「減収世帯へコロナ給付金30万円」を公明党にひっくり返され、国民一律10万円に。そんなメンツ丸潰れの赤っ恥をかかされても「自民党は当初から10万円一律給付を訴えてきた」と言いだす始末だった。
「5年弱も外務大臣を務めていたけど、どんな実績を残したか、すぐには思い浮かばないでしょ。岸田さん自身にトップとしての器量は感じられない」(自民党関係者)
そんな人物が総理のイスに座るための方法が、冒頭のセリフだったのだ。
「安倍さんは持病を抱えている身なのにここまで総理を続けてこられたのは、戦後民主主義を正すという信念があるから。例えば『戦後日本は全て悪だ。大東亜戦争は間違いだった』という思考を取り払いたい。あるいは日米中の三角外交の形をとりながら、アメリカの軍事力を使ってアジアにおける中国の力を排除したい。安倍さんは『この安倍的思想をずっと(自民党で)続けたい』と言っている」(自民党関係者)
岸田氏は、その「安倍的思想」を利用するしか手はないと判断したのだろうか。
岸田派関係者も、
「岸田さんは外相の時、安倍さんが表立って外交の場に出たように、外交はやる気満々だった。そういえば、安倍さんは最近、国会答弁や記者会見対応が心底嫌になっていたようです。特に野党議員との不毛なやり取りには辟易している。蓮舫さんや辻元(清美)さんについては名指しで『相手をしたくない』とボヤいたようだ。外相の立場なら、総理ほど厳しい国会答弁にさらされませんからね」
国民が望んでいる決着は果たして……。