この騒動渦中、「予言の書」と呼ばれる、ある書籍に注目が集まっているのをご存じか。タイトルは「首都感染」(講談社)。2010年に出版されたこの小説は、今のコロナ禍を未来からトレースしたかのような、驚くべき内容となっている。著者の高嶋哲夫氏を直撃すると、コロナ禍の社会にこんな警告を発した。
—緊急事態宣言の発出から1カ月と1週間余りが経過した5月14日、安倍総理が東京や大阪などを除く39県の緊急事態宣言の解除を表明しました。隣国の台湾や韓国、中国といった東アジア諸国はひと足早く経済活動を再開して、日常を取り戻そうとしている。一方の日本は、いまだにアベノマスクの配布ですら滞っている現状ですが、これをどう捉えていますか。
高嶋 世間では非難されていますが、日本ははっきりいって成功していると思う。世界では400万人が感染して、亡くなった人が30万人。ヨーロッパ各国では、日本よりも1桁、2桁、数字が多いんです。未知なるウイルスに対して、数字上でいえば日本の現状は決して悪くない。でも、運がよかった側面もあります。
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中国・雲南省で強毒性のウイルスが発生した。中国はその対策に失敗し、ウイルスは日本へと伝播。感染者420万人、死者58万人に達した首都東京を封鎖し、ウイルスを封じ込める——。これが「首都感染」のストーリーであり、まさに「予言」と言える内容なのだ。
作家になる前の高嶋氏は今の「日本原子力研究所」の科学者だった。原子力の世界では知らない人がいないほど著名な研究者で、UCLAへの留学を機に作家へと転身する。学者らしく、過去の文献や資料を読み込み、緻密なデータをもとにストーリーを展開。東日本大震災の前に書かれた「TUNAMI 津波」と「M8」(いずれも集英社)でも、リアルな描写によって恐ろしいまでの慧眼と言わしめた。
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─先ほどの「運がよかった」とは?
高嶋 PCR検査の機械が海外に比べて日本は少なかったそうです。機械の台数が足りないから結果的にPCR検査を絞った。それが幸いしたと見ている。検査数が少なかったために、疑いのある軽い症状の人は検査を受けられない。確かにそれで手遅れになった人もいるけれども、トータルの数字を見ると日本は医療崩壊も起きなかった。
ただし、専門家がクラスター潰しに躍起になっている最中、一方では陽性の軽症者を帰宅させていた。それが問題です。「首都感染」にはその辺りが全て書いてあります。陽性だったらとにかく隔離が鉄則。家族は間違いなく感染しますからね。なぜ軽症者を最初からホテル、ないしは体育館や自衛隊の宿舎に隔離しなかったんでしょうか。マスコミが異論を唱えないのも不思議でした。
─およそ100年前のスペイン風邪でも、第2波で大勢が亡くなりました。今後は危機意識をどのように持てばいいと考えますか。
高嶋 ダイヤモンド・プリンセス号を思い出してください。たった1人の感染者から712人に拡散した。処置を誤ると、1人が爆発的に広める可能性がある。緊急事態宣言が解除されて、これから経済活動が始まる県が出てきますが、特定区域の東京や大阪在住の人が県をまたいで外に出ないことが大切です。1人1人の意識がものすごく大事になります。
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「首都感染」の作中、瀬戸崎総理の息子であり医師の優司は「東京封鎖」から1週間後、閣僚を前に弁舌を振るう。
「出来る限り正確に現状をマスコミに伝えてください。感染者の数、死亡者の数、不足している医薬品(中略)、情報公開と正しい説明、それが封鎖の成功につながります」
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─現政権にも読ませたいシーンですが、休業要請解除のプロセスを示した大阪の吉村洋文知事を彷彿させますね。
高嶋 吉村知事は数字を出して明快に答えてますよね。わかりやすいから国民にも伝わるんです。「首都感染」で描けなかったのはその後の経済再開。昔は疫病のあとには、民心の一新のために遷都が行われていた。要するに、その後の社会が「首都崩壊」につながっていくからです。
─「首都崩壊」は高嶋さんの代表的な著書タイトル(14年、幻冬舎)でもありますね。「次なる予言書」とも言われ、東京直下型地震が起こると世界恐慌を招くという「ある論文」の存在によって、日本が遷都を目指していく話でした。しかし、日本人は生活様式を変えるのが苦手ですよね。「FAXをいまだに使用している」と海外メディアも嘲笑しています。
高嶋 慣習から抜け出せない国民性です。阪神・淡路大震災を経験しているのに、東日本大震災ではその経験を生かせなかった。科学に対する信頼感も低く、議論だけで終わるからです。「9月入学」にしても今しかチャンスはないでしょう。
日本の体系は江戸時代から維持していて時代に即していない。逆にいえば、今があらゆるシステムを変更する絶好の機会です。今回、いちばん困っているのは東京や大阪など、大都市の人口が多い所。「東京一極集中」のため、東京の経済が止まると日本が止まってしまう。すでに今からみんなアタフタしています。「首都崩壊」で書いたのは、東京がダメになった場合にどうするか。感染者が少ない地域で、東京の半分ぐらいの経済活動ができれば国は動く。だからこそ、遷都とともに、ある程度の経済的な規模を持たせる道州制が必要なんです。
今回でいえば、岩手県は感染者がいまだにゼロにもかかわらず、他府県同様に横並びの自粛を続けている。遡れば、感染者ゼロの県ですら休校要請に従った。
─なぜ道州制なのですか。
高嶋 県単位だとあまりにも経済単位が小さいですが、それが道州制となると地方創生にも役立つ。コロナ騒動の場合でも、地域に即したいちばんいい方法を取れます。全部を休校にしなくてもいい。地域の単位を大きくして自治権を強くすれば、地域に合った特性が強みとなります。経済面でも一刻も早く、東京一極集中から脱却を図るべきです。もし今、南海トラフ地震が来たら、太平洋ベルト地帯が壊滅的な被害に遭います。日本海側の都市を見直したほうがいいでしょう。
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歴史は物語っている。日本は幾度となく未曽有の大災害と共存してきた。過去の教訓を今こそ生かすべく、現実の総理も耳を傾けてほしい。