長嶋茂雄一覧

長嶋茂雄×野村克也「実録ライバル史」(10)「契約しないならば飛び込んで死にます

 野村克也にとっても、57年は大きな飛躍の年になった。プロ入り4年目、22歳にして30本塁打を放って、初のタイトルである本塁打王を獲得した。前年は7本塁打だった。  野村は「ずっと試合に出してもらえ...

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長嶋茂雄×野村克也「実録ライバル史」(9)「プロに入る前に人間を作ってもらう方が先だ」

 1957年11月3日、文化の日だった。午後1時35分、明治神宮野球場で東京六大学野球・立教大学対慶応大学2回戦のプレーボールがかかった。  0対0で迎えた5回裏、立大4年・長嶋茂雄が先頭打者として...

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長嶋茂雄×野村克也「実録ライバル史」(6)「野生の勘」が「野村ID」を打ち砕く

 翌6月9日、皇太子さまと雅子さまの「結婚の儀」とパレードに日本中が祝福し、沸き返っていた。  この日、乱闘の余韻が残る巨人とヤクルトは金沢に移動した。今度は平成の野球史に残る逆転の名勝負となった。...

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長嶋茂雄×野村克也「実録ライバル史」(5)富山市民球場で大乱闘勃発!

 皇太子徳仁親王と小和田雅子さま(現天皇・皇后)の「結婚の儀」を翌日に控えた1993年6月8日、巨人とヤクルトの遺恨が遺恨を呼んだ「北陸戦争」が起こった。  長嶋茂雄監督が率いる巨人は、野村克也監督...

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長嶋茂雄×野村克也「実録ライバル史」(4)野村IDで松井秀喜を徹底解剖

 長嶋は92年オフ、12年ぶりに巨人の監督に就任した。野村はライバル心・対抗心・敵愾心を隠すことなく、ID野球で対抗姿勢を打ち出した。〝口撃〟を繰り返した。  野村は「王、長嶋がヒマワリなら、私は月...

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長嶋茂雄×野村克也「実録ライバル史」(3)ID野球とカンピュータの初対決

 東京ドームには試合前から熱気が漂っていた。1993年4月30日。プロ野球の平成因縁対決、ファンが注目する長嶋茂雄監督が13年ぶりに指揮を執る巨人と「ID(インポートデータ)野球」を掲げる野村克也のヤ...

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長嶋茂雄×野村克也「実録ライバル史」(2)「巨人軍は永久に不滅です」の翌年に史上初の最下位に

 野村の600号記念日の夜、神宮球場のヤクルト対巨人戦には4万9000人のファンが詰めかけていた。大観衆から巨人・長嶋茂雄新監督が試合後にヤジ・怒号を浴びていた。激励の歓声はかき消されていた。  1...

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