企業は株主のものだと主張する株主資本主義が社会を蝕んでいる。従業員が汗水垂らして働いても、利益は株主たちに配当される。経営者たちは株主たちへの配当を増やそうと人件費圧縮に懸命だ。
かくして現代社会は、働かずに配当を得る株主たち=富める者と、搾取される労働者に分断され、両者の格差は広がるばかりだ。貧窮した労働者たちは、そのフラストレーションを自分より弱い者たち─外国人や障害者、性的マイノリティに向ける。貧しい者たちの間でも分断が進む。世の中はどんどんギスギスしてくる。トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)による粗暴で凶悪な犯罪が増えているのも、その表れのひとつかもしれない。
株主資本主義は企業自体にとっても有害だ。目先の利益を追う株主たちは、将来のための投資を嫌う。成長の芽は摘み取られ、イノベーション(技術革新)も起きなくなる。
では、資本主義を捨てればいいのか? そうではない。株主資本主義ではない公益資本主義を実現すればいい。公益資本主義では、企業とは社中=従業員・その家族・顧客・経営陣・取引先・地域社会・株主・そして地球からなる、と考える。企業が何ごとかを成すためにかかわるすべての人、地球も含めてすべてが仲間ということだ。
本書は公益資本主義を唱える実業家、原丈人の語り下ろし自伝である。
原は1952年生まれ。祖父はコクヨの創業者。その娘の夫が原の父。父はコクヨで働く以外の時間のすべてを鉄道模型に費やした。世界一といわれるコレクションの一部は、横浜にある原鉄道模型博物館に収蔵・展示されている。
この父が信念の人だった。コクヨが事務机の分野へ参入した時も、JIS規格に従えという通産省の通達や出頭命令をはね返した。当時のJIS規格は日本人の身体に合っていないから、と。そして、鉄道模型づくりで得た知識や技術を仕事に活かし、コクヨの売上と生産性を飛躍的に高めた。
それを受け継いだ原丈人も信念の人。中学校では理不尽な校則に抵抗し、自分の目で見て自分の頭で考えることを貫く。冷戦下の共産圏を、ひとり旅をして共産主義の矛盾と限界を実感した。そして中南米で考古学に目覚める。慶応大学法学部卒業後、米スタンフォード大へ。これは考古学を続ける資金を稼ぐべく知識を身につけるためだった。在学中に、会社を設立し、その後はベンチャーキャピタルを立ち上げるなどしている。
原は日本政府の内閣参与をはじめ、世界各国の政府に顧問などの形でかかわっている。公益資本主義の考え方を広め、政策に反映させるためだ。外から声を上げるよりも、内側から変えていく方が効率的だからという。
《「富める者だけの資本主義に反旗を翻す」原丈人・著 奥野武範・聞き手/1980円(新潮社)》
永江朗(ながえ・あきら)書評家・コラムニスト 58年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。