前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~覚醒の時は来た~

 最近、強く印象に残ることが二つあった。

 まず先日、来日したオーストラリアの某元首相と食事を共にしつつ懇談する機会に恵まれた。駐豪大使在任中、何度も日本大使公邸に足を運んでくれて意見交換を重ねた仲だ。それもあって、いきなり本題に入った。最大の関心事項は、互いに米国の緊密な同盟国として、トランプ第二期政権との関係を如何に構築していくべきか、だった。

 トランプ第一期政権を遥かに上回るスピードと熱量で「アメリカ・ファースト」が追求されている点、ディールの相手方という意味では同盟国も敵対国も変わりがない点について、彼我の観察に差はなかった。日本同様、豪州も鉄・アルミ、自動車・自動車部品の関税を上乗せされ、相互関税の対象となっていることへの困惑は朝野で共有されている。

 本欄でも言及したとおり、豪州で5月3日に行われた総選挙では、こうしたトランプによる「仕打ち」への嫌気も作用し、豪州選挙民が労働党支持に回り、本来トランプの共和党と相性が良い筈の保守連合が予想外の大敗を喫した。

 第二に、長年米国にあって「ジャパン・ハンドラー」として知られてきたリチャード・アーミテージ元国務副長官、ジョセフ・ナイ・ハーバード大学名誉教授の二人が相次いで他界した。苛烈を極めた大東亜戦争後、二度と米国に歯向かえない国にするとの企図の下、「瓶のふた」として機能してきた日米安保体制につき、日本の役割の増大と日米協力の強化を訴える点で、共和党のアーミテージも民主党のナイも差はなかった。加えて、「慰安婦問題では日本は謝罪を続けなければならない」などと広言し、また、総理大臣の靖國神社参拝に懸念を表明するなど、歴史問題では引き続き日本を押さえつける立場にあったことも共通していた。日米同盟強化に深く従事してきたこの二人とも、トランプに対する忌避感を隠さなかったが、その両人にとっても、トランプの同盟国に対する姿勢は予想を超えたものだったろう。

 こうした流れを見てくると、日米関係が新たな段階に入ったとの感慨をもたざるを得ない。

 戦略上アメリカの最も重要な同盟国であることを前面に出してアメリカの庇護や特別扱いを要求できる時代は終わったと捉えるべきである。

 米国が「アメリカ・ファースト」なら、日本は「ジャパン・ファースト」で当然だ。自らのナラティブを語り、そして、日本の国益のために米国の市場、イノベーション力、さらには今なお圧倒的な軍事力、情報力を使っていくとの冷徹な発想こそ、必要だ。「日米同盟は日本外交の基軸」などと呪文を唱えて済む時代ではない。

 また、米国にとって耳障りの良いことを言って機嫌をとる時代も終わった。戦後のフルブライト計画でハーバードやコロンビア大学に学んだ日本人留学生が米国東海岸のインテリが聞きたがるようなことを言って悦に入っていたのは噴飯物だ。トランプ自身が壊そうとしている規制秩序なのだ。

 目先のトランプ関税への対応に右往左往するのでは情けない。座っているトランプの横に立たされて力なく笑みを浮かべたり、「ギヴミー・チョコレート」と言わんかの如き媚びを売るのも論外だ。日本にとって都合の良い「ディール」を涼しい顔をして探求する胆力こそ肝要だ。

 トランプ2.0を日本の覚醒に役立てる発想こそ必要だろう。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年駐豪大使に就任。23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)、「超辛口!『日中外交』」(Hanada新書)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)、「媚中 その驚愕の『真実』」(ワック)等がある。

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