今年に入ってから、弘前、八戸、前橋、町田、金沢、春日井、岡山など、全国各地で講演を重ねてきた。来月以降も、福岡、津、松坂、高山、大阪、京都、広島、呉、洞爺湖、水戸、上田と目白押しだ。
現下の日本外交の課題と展望について語る私に、寄せられてきた質問がある。
「外務省のプロたちは今の日本外交で良いと思っているのでしょうか?」
日本外交のあり様に対する関心の高さと現状への不満の強さを象徴した問いかけと受け止めている。外務省出身の外交評論家と称する人たちの中には、古巣の代弁と弁護に追われる者も少なくないところ、拙著「日本外交の劣化」(文藝春秋)に記したとおり、是々非々で高く評価もすれば辛口の批判もする人間だと見込まれて尋ねられている模様だ。
中国人訪日客に対するビザ緩和については、政治レベルのイニシアティブに対して省内では強い反対論もあったと報じられたことなど、日本外交を熱心にフォローしている聴衆のアンテナにもかかってきたようだった。
最近の大きな外交案件としては、石破茂総理の米国訪問があった。実は、私はこの評価を聞かれるたびに、事務方はよく頑張ったと説明している。
トランプ第二期政権で、イスラエルに次ぐ二番手としてホワイトハウスでの首脳会談を確保できたのは、石破総理個人の名前と人脈によると言うよりも、日本外交の総力あってのものと言えよう。ヨルダン、インド、フランス、英国といったアメリカの主要パートナーに先駆けて就任後間もない総理をホワイトハウスに送り込めたのは高い評価に値する。
第二に、アジア版NATO創設や日米地位協定の見直し・改定といった自民党総裁選での石破総理の持論を封印させて首脳会談に臨めたことも良かった。真正面から取り上げていたら、トランプとの首脳会談は波長が合わないギクシャクしたやりとりになっていただろう。
次元の異なる問題だが、日米首脳会談の通訳に高尾直北米局地位協定室長を当てたことも異例である。若手が務める通訳年次をはるかに超えた中堅管理職をトランプとの相性や実績を考慮して敢えて動員した。事務方として全力で首脳会談を支えようとした証だろう。
以上を評価した上で辛口で振り返れば、ワシントンから羽田に向かう帰途の政府専用機内で、官邸関係者だけでなく外務省関係者も高揚感に包まれていたと言うのは何としたことか?
首脳会談後の日米共同記者会見はトランプによる皮肉と当てこすりのオンパレードで、見ていて痛々しかった。およそ「相性が合った」などと脚色できるやり取りでなかったことは明白だ。
それ以上に深刻な問題は、「関税引上げ」や「ウクライナ戦争の停戦の在り方」など、日本にとって重要な問題につき、トランプに対して日本の立場を申し入れさえしなかった及び腰だ。「トラ」の尾を踏んで「石破おろし」に繋がるのを極度に恐れた官邸関係者が怯懦に流れることは十分に予想された。だが、外交のプロまでがこれに与してしまったのでは、何のための首脳会談であったかと問わざるを得ないだろう。
実際、石破総理が「仮定の問題」と述べた関税引上げは、首脳会談の数日後には鉄・アルミニウム製品について例外を認めないと言う形で「現実の問題」になってしまったのだ。低空飛行が続く時の政権が延命にあくせくするのとは違った次元で、匠の力を発揮して欲しいものである。
●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年駐豪大使に就任。23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)、「超辛口!『日中外交』」(Hanada新書)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)等がある。