トランプ政権が発動した相互関税は、貿易相手国が米国に対して課す関税率に合わせ、米国も同等の関税を課すという政策である。この政策は貿易赤字の削減と国内産業の保護を目的としており、特に中国との貿易戦争の一環で注目されている。
こうした状況下で、台湾がトランプの相互関税に対し報復措置を取らない理由を、地政学的および経済的な観点から説明できよう。その核心は、台湾が仮に報復を仕掛けた場合、トランプ政権が台湾に対する姿勢を軽視し、結果として中国による台湾侵攻リスクが高まるという懸念にある。
まず、台湾と米国は長年にわたり正式な外交関係はないものの、事実上の強固なパートナーシップを築いてきた。米国内法として1979年に台湾関係法が成立して以来、米国は台湾への武器供与や安全保障支援を通じ、中国に対する抑止力を提供してきた。
トランプ政権1期目でもこの関係は維持され、台湾への武器売却や高官の訪問が積極的に行われた。しかし、トランプの外交政策は予測不可能性と取引主義に特徴づけられており、経済的利益や自国の優先事項が重視される。今回、トランプ政権による相互関税に台湾が報復関税で対抗した場合、トランプがこれを敵対的行為とみなし、台湾への支援を減らす、あるいは中国との取引材料として利用する可能性が浮上する。
台湾にとって最大の脅威は中国である。中国は台湾を自国の一部とみなしており、必要であれば武力行使も辞さない姿勢を示している。米国が台湾を見捨てる、あるいは支援を弱める事態になれば、中国はこれを好機と捉え、軍事的な圧力を強めるか侵攻を試みるリスクが高まる。
特にトランプ政権は、中国との貿易交渉を優先する中で、台湾を「交渉のカード」として使う可能性がゼロではない。台湾が報復関税を課せば、トランプが台湾は米国に協力しないと判断し、中国に対し台湾問題に関与しない見返りに中国による対米投資を求めるなど、信じられないようなディールに踏み切る恐れもある。
また経済的観点からも、台湾は米国との関係悪化を避けるインセンティブが強い。台湾の輸出産業、特に半導体は米国市場に大きく依存している。TSMC(台湾積体電路製造)のような企業は、世界の半導体供給網で重要な役割を担い、米国企業との結びつきが深い。相互関税への報復が米国との経済関係に亀裂を生むと、台湾経済は深刻な打撃を受ける。このため、台湾政府は短期的な関税負担を受け入れる形で、長期的な安全保障と経済的安定を優先している。
台湾がトランプの相互関税に報復しないのは、報復が引き起こすリスクがメリットを大きく上回ると判断しているからだ。トランプの気まぐれな外交スタイルと中国の脅威を考慮した上で米国との関係維持を最優先とし、報復という選択肢を避けているのである。
(北島豊)