前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~相互関税という禁じ手~

 トランプ大統領の関税攻勢が止まらない。

「『関税』という言葉は『愛』という言葉より美しい」などと広言してきた自己陶酔者。第一期政権では鉄鋼製品とアルミニウム製品に関税上乗せをしてきた「前科」から、第二期政権でも措置をとることは十分に予想されてきたが、そのスピードは驚きだ。

 就任前からカナダ、メキシコ、中国製品についての関税引き上げに言及し、ただちに実施。加えて、「鉄鋼・アルミニウム製品に25パーセントの関税を課す。すべての国が対象で例外或いは適用除外は設けない」と発表。続いて、「公平性を保つため『相互関税』を課していくことを決めた。他の国がアメリカに課しているのと同じだけ我々も関税を課す」と表明。さらには、自動車関税については「関税率は25パーセント前後になるだろう」とまで言及するに至った。矢継ぎ早のトリプルパンチだ。

 貿易赤字解消に取り憑かれたトランプ。そのためのツールが関税だ。最近では移民政策など、貿易政策以外の目的達成のためにも関税引き上げを使う有様。大阪のテレビ番組に出演した際、思わず「いっちゃっている」と述べてしまったが、それほどの無軌道ぶりなのだ。

 その中でも、「相互関税」は見逃すことができない暴挙だ。何が問題か?

 第一の問題は、これまで積み重ねてきた関税引き下げの歴史や経緯を一顧だにしない点だ。どの国にも国際競争上得意な産業分野があれば、不得手な分野もある。前者については自国や相手国の関税を引き下げて輸出を振興し、後者については関税を高く張って国内産業を守ろうとするのは世の常。日本の場合、自動車の関税はゼロだが、牛肉は40パーセント近く、コメに至っては700パーセントを上回ることはよく指摘されてきた。対するアメリカも、普通自動車への関税は2.5パーセントだがトラックは25パーセント、砂糖についても10パーセントを上回る関税を張っている。こうした様々な分野の総体でバランスを取りつつ、多国間の交渉で関税引き下げは決められてきた。特定分野の関税が高いからと報復的に関税を引き上げてしまえば、世界貿易が縮小均衡に向かうのは必至だ。

 第二に、ガット・WTOの最重要ルールたる最恵国待遇に正面から背馳する点だ。引き下げ交渉の結果得られた低関税率は、WTO加盟国に等しく均霑されてきたのが多角的自由貿易体制だ。相手国の関税次第で差別的に関税を引きあげれば、大黒柱を骨抜きにしてしまう。

 透明性の欠如も問題だ。そもそもどこまで「相互」を徹底するのか?いずれにせよ、国によって異なる関税率を適用することとなれば徴税事務は混乱し、輸入手続きの遅延も免れないだろう。

 日本にとってより大きな問題は、このような「禁じ手」が差し迫っていたにもかかわらず、先般の日米首脳会談では「関税に関しては議論はありませんでした」(石破首相)と等閑視する姿勢だ。トランプの機嫌を損ねたくないためなのか?アメリカが世界の信用を損なう愚を説き、日本への悪影響を訴えるべきなのに、腰が引けている。WTOの下での多角的自由貿易体制から最大の恩恵を受けてきた日本こそ、先頭に立って「ご乱心」を諫めなければならない。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年オーストラリア日本国特命全権大使に就任。23年末に退官。同志社大学特別客員教授(25年4月から)等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)、「超辛口!『日中外交』」(Hanada新書)がある。

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