前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~宝の持ち腐れ~

 先日、テレビ愛知の討論番組「激論コロシアム」に招かれ、並み居る論客と日本外交劣化の現状につき自由闊達な議論をしてきた。インターネットテレビと比較して制約やタブーが多く「閉ざされた言論空間」を地でいく地上波が大半だが、ここでは忌憚のない意見交換ができた。

 ただ、番組中にビデオで流された在外公館の総領事公邸料理人の発言はショッキングだった。自分の料理の腕をフルに活用して日本外交に貢献しようと意気込んで赴任したにもかかわらず設宴の数が少なく、「宝の持ち腐れ」だと吐露したのだ。

 拙著「日本外交の劣化 再生への道」(文藝春秋)が出版されてから、外務省改革の波に見舞われることを恐れた外務省幹部は箝口令を敷き、公邸料理人もメディアとの接触を制限されていると風の便りに聞かされた。そんな中での発言は勇気に満ちていたと同時に、事態がここまで悪化しているとのSOSだった。

 在外公館に赴任する大使、総領事は一定の公費補助を得て料理人を帯同することが認められている。和食をプロモートしつつ日本外交を盛り立てていく優れた制度で、他国の外交の垂涎の的だ。どの料理人を連れていくかは各大使に委ねられている。

 私の場合、東急グループ創業家の五島康男さんとのご縁で、渋谷のセルリアンタワー東急ホテルで活躍していた小形禎之料理人を帯同した。長年にわたって日本のフランス料理界を牽引し、フランス政府から国家功労勲章シュヴァリエを受賞された東急ホテルズ総料理長の福田順彦氏に鍛えられた若干24歳の若手だった。もともとフランス料理が専門だったが、日本大使公邸では和食を出してほしいとの私の要望を受け入れ、赴任前に寿司、天ぷらなど和食の特訓を受けて来てくれた。その大活躍ぶりは拙著「南半球便り」(文藝春秋企画出版部)で詳述したとおりだ。在任中に福田総料理長が応援に駆けつけてくださり、小形君と実現したコラボには豪州人から喝采が沸いた。

 キャンベラでの日々を振り返るたび、小形料理人との二人三脚の苦労なくして大使としての人脈構築、情報収集、対外発信は満足にできなかったであろうと痛感し、深く感謝している。先輩外交官が喝破した「(大使にとって重要なのは)一に料理人、二に料理人、三四が無くて五に次席(大使館ナンバー2の外交官)」を実感した。

 だからこそ言うが、こうした公費で賄われる料理人が活用されていないことは日本外交の劣化の最たるものではないか?料理人は公邸の料理人であって、大使個人の料理人ではない。私は料理人の負担も考慮し、公的会食ではないプライベートの食事は一切料理人には作らせなかった。会食続きで胃腸が持たなかったことも理由だ(笑)。

 だが、大使によっては、料理人の主たる仕事がプライベートの食事の用意と化していることも少なくない。東急ホテルからはキャンベラに加えてワシントンの大使館にも料理人が派遣されていたところ、プライべートの食事を託された料理人が食後に「今日の蕎麦はちょっと硬かったね」などと大使に言われ、大いに意気阻喪したと聞かされた。

 こんな「宝の持ち腐れ」を早く止めないと日本外交の劣化は逆転できないだろう。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、00年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年オーストラリア日本国特命全権大使に就任。23年末に退官。TMI総合法律事務所特別顧問や笹川平和財団上席フェロー、外交評論活動で活躍中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)、「超辛口!『日中外交』」(Hanada新書)がある。

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