永江朗「ベストセラーを読み解く」アニメ版と小説の異同に注目 耳の中に潜む4つの物語…

 他人の耳が気になる。比喩としての耳ではなく、耳そのものである。人によって形が違う。エロティックでもあり、グロテスクでもある。たまに耳垢だらけで長い耳毛が密生しているおっさんに遭遇すると「うへえ」と思うが(私も気をつけよう)。

 本書は山村浩二監督による同名のVRアニメから生まれた短篇集。アニメ「耳に棲むもの」(24年)は、小川洋子の原作、山村と小川による脚本で、世界的に高い評価を受けた。しかし、小説「耳に棲むもの」はアニメとは少し異なる。アニメでは孤独な少年が主人公だった。少年の耳の奥には4人の音楽隊と2匹のエビが棲み、少年が涙を流すたびに音楽を奏で、ダンスを披露して彼を慰めた。やがて成人した少年は補聴器のセールスマンになって旅をする。

 小説版「耳に棲むもの」は、この少年が年をとって亡くなり、明日は納骨という日から始まる。

 かつての補聴器セールスマンの家を、老いた医師が訪ねてくる。応対するのは子。医師は補聴器セールスマン親子にとって主治医でもあった。父が急死してうろたえる子を慰め、万事、的確に対応したのも、この老医師だった。

 老医師は故人の思い出などを語りながら、骨壺を開け、遺骨を取り出す。あっけにとられる子に対し、故人の耳の中にあったという4つの骨を示す。そう、アニメ版「耳に棲むもの」に登場する4人の音楽隊である。

 そして、4つの物語が始まる。それぞれの物語は懐かしくもあり、グロテスクでもあり、エロティックでもある。耳のように。

「今日は小鳥の日」という物語の語り手は、小鳥の形をしたブローチを愛好する小鳥ブローチの会の2代目会長。ブローチは、実物のサイズの3分の1でなければならないというのがルールである。厳密な縮尺を実現するため、ブローチをつくる時は本物の小鳥の死骸を使う。森を歩いて死骸を探し、計測し、死骸の嘴と爪をブローチに用いる。これだけでも、かなりグロテスクでしょう?

 しかし、話はこれだけで終わらない。

 小鳥ブローチの会、初代会長の死に方がすさまじい。彼は自邸で飼っていた大量のジュウシマツを、生きたまま口に詰め込んで窒息するという自殺方法を選んだのである。

 小鳥のブローチと会長の自殺は何をイメージしているのか。箱の中に小鳥が入ったオブジェで知られるヨゼフ・コーネルや、16歳ぐらいまで座敷牢に閉じ込められて育った19世紀ドイツの孤児カスパー・ハウザーが、イニシャルだけで言及される。

 アニメ版「耳に棲むもの」では、日系人強制収容所で見つかった手製の小鳥のブローチに関するエピソードが登場する。成人して補聴器のセールスマンになった少年が、旅に出るきっかけとなるエピソードだ。アニメ版と小説版の異同に気を配りながら読むと、この小説の奥行はさらに広がっていく。

《「耳に棲むもの」小川洋子・著/1980円(講談社)》

永江朗(ながえ・あきら):書評家・コラムニスト 58年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。

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