山中伊知郎「あなたの知らない“原価”の世界」経験不足の刀匠作の未熟な作品ならば原価割れすることも!

《今回のお値段「日本刀」:製造原価40万〜50万円前後(1本 通常50万〜100万円前後)》

 日本刀は、単なる武器というよりも、長く崇拝の対象になってきた。「三種の神器」の一つに「草薙の剣」が入っているのでわかるし、江戸期には「刀は侍の魂」として命と変わらない大事なものとされていた。今は美術品としての要素が強く、日本国内のみならず、世界中にその愛好者は広がっているといわれる。

 その日本刀1本にどれだけの材料が必要なのか、ある美術品業界関係者によれば、

「まず鉄の中でも、玉鋼と呼ばれる、砂鉄から作られる特殊な素材が不可欠です。これが1本作るのに5〜10キロは使います。この玉鋼を熱して、叩いたりのばしたり成形していく中で、大量の炭も使う。普通、燃焼温度をコントロールしやすくて、しかも灰が少ない松炭が使われるんですが、これが1本作るのに200〜300キロ以上かかったりします」

 必要なお金でいうと、玉鋼がキロ1万円として5万〜10万、松炭もキロ1000円として20万〜30万円。

 さらに、日本刀独特の刃文や反りを生む、熱して急激に冷やす「焼き入れ」作業をした後に、研師による、研ぎの作業が続く。そこにも最低でも1本10万円以上の研ぎ代はかかる。加えて「ハバキ」と呼ばれる、刀の根元をしっかりと締めて、刀身がグラグラにならないように支える銅製の金具も必要で、これも2万〜3万円はかかる。鞘は、よく使われるのが「朴の木」。柔らかくて加工しやすく、サビのもとになる灰汁が少ないためといわれる。これも1本4万〜5万円はかかる。

 つまり、製造原価だけでも40万〜50万円。刀匠の手間賃まで考えたら、完成品は100万円以上で売らなくては割が合わなそうなのだが、前出・業界関係者によれば、

「まだ経験の浅い刀匠が作った刀だと、原価割れしないと売れなかったりします。しかも未熟な人間のものほど失敗も多いから材料費も研ぎ代も余計にかかる。それでも、刀匠になるには、最低でも師匠にあたる人のもとで5年間は修業しないと国家の認定資格が取れません。資格なしで勝手に作ったら銃刀法違反になります」

 トップクラスの刀匠作品なら小売値が300万〜1000万円で売れることもあるともいわれるが、多くは50万〜100万円。儲けを考えたら、刀匠は決して割のいい仕事ではない。せいぜい年産20本がいいところだし。もし、わざわざ玉鋼を使わずに、鉄鉱石を原料にしたスチールを使い、炭も一切使わず、鞘もハバキも材質を落とせば、1万〜2万円でも見た目だけは日本刀そっくりには作れるらしい。だが、さすがにそれは「日本刀」とは呼べない。なぜなら「魂」が入ってないから。

山中伊知郎(やまなか・いちろう)2〜3カ月に1回、東京上野の国立博物館に行く。絵や彫刻などを見ると心落ち着き、豊かな気分になるからだが、日本刀の展示はスルーする。何度見ても、価値の良し悪しがちっともわからないためだ。

マネー