「巨額詐欺男」がハマった「オンナとカネ」無間地獄(1)リーマン・ブラザーズから371億円を詐取

 米国に端を発した「リーマン・ショック」を忘れた人はいないだろう。誰もが大なり小なり金融危機の影響を被ったのだから‥‥。その世界的大不況の〝トリガーを引いた〟1人として日本人の名前があげられている。結果、巨額詐欺に問われて長らく塀の中で過ごした男は何を思うのか。金の誘惑に囚われ、女に溺れた日々を洗いざらい激白する!

 5月に刊行された「リーマンの牢獄」(講談社)が今も話題を呼んでいる。表紙に巻かれた帯には「リーマン・ショック64兆円破綻のトリガーを引いた男、衝撃の手記」とあり、世間の耳目を集めたのも頷ける。

 その破綻の引き金に指をかけた男こそ、著者の齋藤栄功氏だ。齋藤氏は日本に訪れる医療改革を予見し、ビジネスチャンスを逃すまいと、かつて病院再生のベンチャー企業「アスクレピオス」を立ち上げた。

 患者本位の医療を目指したのはよかったが、大手商社「丸紅」の担当課長(嘱託社員)と手を組み始めてから、本来の目的が薄れていく。齋藤氏の金融知識を生かして診療報酬債権を流動化し、投資家から募った資金をもとに、丸紅を通じて医療機器などを購入し、病院施設の拡充を図る。しかも、債務保証を丸紅がするというのだから夢のスキームだった。そうして金集めに奔走していくのだ。

 しかし、この債務保証はまったくのウソだった。担当課長がノルマ達成のために書類を偽造していたのである。デタラメであることを薄々気づいていた齋藤氏だが、

「当時は『もう丸紅は逃げられないはずだ』と思っていました。今から思えば、自分に都合のいいように考えていただけですが‥‥」

 すぐにデタラメは破綻していく。投資家から募った資金をそのまま配当に回す、自転車操業に陥ったのだ。自分も現ナマを抜いていたことから引き返せなくなった齋藤氏は、07年に丸紅のニセ担当部長まででっちあげ、米投資銀行のリーマン・ブラザーズから371億円を詐取するに至る。

 これが世に言う「アスクレピオス事件」だ。主犯格とされた齋藤氏の逮捕から3カ月後にリーマンは破綻。世界的な金融危機に陥っていく。懲役15年の刑を言い渡され、服役中だった齋藤氏は、リーマン救済に米国の投資家が乗り出さなかった理由の1つに、自身が引き起こした巨額詐欺事件があったことを知る─。

 本書はマネーゲームに狂奔した「金融裏面史」としての側面を持つ。その一方で、一介のサラリーマンだった齋藤氏が巨万の富を得て、欲にまみれていく堕落の物語としても読める。

 特に、みずからハマった「買春の罠」まで克明に描いており、女に溺れる姿は男なら共感できなくはない。それにしても、ここまで赤裸々な構成となったのはなぜか、当の齋藤氏が執筆の裏側を語る。

「きっかけは本書の監修をしてもらった元日経新聞のスクープ記者で経済ジャーナリストの阿部重夫さんの一言です。『女のことも書けるか』と言われたものですから、事件のことだけでなく、女のことまで洗いざらい書きました。初稿では女に関する記述の分量はより多くて、詳細に官能小説ばりに描いたのですが、最終的に事件の背後にあるものとして一部は残ったものの、バッサリと削られました(笑)。もしかしたら、『本気で恥をさらす覚悟はあるのか』と問われていただけなのかもしれません。それでも、まるで古新聞のようにお金が集まる中、私が享楽の世界に溺れていったのは事実なので、その過去から逃げないことも贖罪の1つと考えています」

齋藤栄功(さいとう・しげのり)1962年、長野県生まれ。86年に中央大学法学部を卒業後、山一證券に入社。同社の自主廃業後に信用組合、外資系証券会社を経て、医療経営コンサル会社「アスクレピオス」を創業する。08年に詐欺とインサイダー取引容疑で逮捕され、その後に懲役15年の判決を受けて長野刑務所に服役。22年に仮釈放された。

(つづく)

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