六本木ヒルズのエレベーターに乗るたびに、時代と風俗の移り変わりを実感する。
大都会東京を代表するオフィス・ビルと喧伝されて開業したのが2003年。その後20年余りが経ったが、何層もの地下駐車場に毎日大挙して停まっている外車はバブリーこの上ない。「失われた(?)数十年」など、ここでは無縁であるかの如くだ。
そんな瀟洒なビルと実に好対照なのが、エレベーターで乗り合わせる通勤人の服装のカジュアルぶり。デイ・パックを両肩に担ぎ、Tシャツにスウェット地のだぶだぶパンツ、靴はスニーカーといういで立ちさえ、少なくない。昭和人から見れば、高尾山登山にこそ相応しい格好だ。高層ビルでは山と同様に酸素が薄いからか?(笑)
「六本木ヒルズでネクタイを締めている男がいれば、TMIと思え」とは言い得て妙だ。
こんな時代のせいだろうか?外務省でもカジュアル化は進み、それを容認し、さらには迎合する上司は引きも切らない。クールビズという大義名分を得て、ノータイはおろか、ポロシャツやチノパンでの出勤も珍しくなくなった。
だが、外交はベンチャーやIT企業とは違う。相手国があるし、相手国と育くんできた信用がある。TPOに応じた着こなしが大事でもある。だから、「古い」とけなされようが、いつまでも言い続けようと思っている。「コンサバに決めよ」と。
一番の問題は、TPOに応じた着こなしができないままに極端にカジュアル化が進んだ結果、自宅にいるのか人前に出ているのかがわからないような服装が蔓延し、ひいてはドレス・アップしなければならない時に対応できないケースが増えているのではないか?
外交こそは、TPOに一番敏感でなければならない仕事だろう。
各国の大使が皇居で天皇陛下に信任状を奉呈する際は、モーニング・コートか民族衣装がルールだ。ブラックタイ・ディナーに、長いネクタイを締めてビジネス・スーツで臨めば、浮いてしまうのは必至だ。アメリカ大統領が議会で予算教書を読み上げる際は、紺色系統のダークスーツ、白シャツ、赤色系統のネクタイ、黒短靴は定番だ。
衆議院事務局では、職員が国会に出向く際には、ダークスーツ、白シャツ、黒靴と教え込むそうだ。外務省こそ、そうした基本的な教育が必要ではないだろうか?
40年ほど前の外務省入省当時のことだった。霞が関の庁舎に一歩足を踏み入れた途端、日本人であるにもかかわらず、靴を履いたままの短い脚を無理してオフィスの自分の机の上に載せ、書類を読んでいる先輩たちを目の当たりにし、驚きと嫌悪感を覚えた。こういう輩に限って、月曜の朝から柄物のシャツを着て、茶靴を履いていたりしたものだ。上っ面だけを猿真似した鹿鳴館時代の西洋かぶれを引きずった醜態に思えた。
今や、それが国会や霞が関の他省庁にも広がっている感がする。
だから、六本木ヒルズのエレベーターの中でもネクタイを常用しているような法律事務所の存在は新鮮であり、貴重だと感じている。
●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、00年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年オーストラリア日本国特命全権大使に就任。23年末に退官。TMI総合法律事務所特別顧問や笹川平和財団上席フェロー、外交評論活動で活躍中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)がある。