前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~「民間大使」起用論~

 だいぶ前になるが、日本を代表する某大手メーカーの社長が駐英大使に擬せられたことがあったが、メディアのインタビューで否定した本人が二つの理由を挙げていたのが印象的だった。

1、大使になれば、年棒が大幅ダウンになる。
2、今や首脳外交の時代で、出先の大使ができることは限られる。

 この理由をみて、「ああ、この人は大使には全く向いてないな」と思った。

 まず、第一の点だ。赴任先によるものの、大使の年収はよくても2000万円前後だろう。今や大手企業最高幹部の年収が1~2億円に達するのが珍しくないことを考えれば、収入激減は必至だ。

 だが、宮仕えには、そんな尺度だけでは測れない価値がある。日の丸を背負って海外に出て人脈を作り、情報を収集し、対外発信をする。日本大使の自分にしかできない付加価値を付けられる機会が満ち溢れている。これは金目の問題ではないのだ。

 第二の問題は、「首脳外交の時代」などと、外交の素人が専門家から聞きかじってきたような口を叩いたことだ。首脳が特定の相手国との外交に費やせる時間は、面談での首脳会談や電話など、1年に数時間にとどまるだろう。しかるに、任国に常時駐在している大使ともなれば、寝ても覚めてもその国との関係を如何に取り仕切るかを始終考え、そのための作戦を立て、執行していくことになる。つぎ込む熱量と費やす資源の桁がまるで違うのだ。そこが理解できないのであれば、大使などしてもらわなくて本当によかったと思う。

 だが、今や位人臣を極めた外務官僚でさえ、大使ポストを一つもやらずに退官していく例が確実に増えている。外交官であっても、霞が関、永田町という狭い井戸の中での遊泳術にだけ長けた「内交官」が増えていると指摘される所以だ。嘆かわしい限りだ。

 だからこそ、オールジャパンで「我こそは」という人材を結集して大使に充てる必要があると思う。同時に大使は、決して専門性、難易度が低い仕事ではない。任国にあって、日本の顔となり、耳となり、口となる。訓練を受けずに物見遊山気分で来た人間に務まるような甘いポストではない。

 他省庁の例だが、しばらく前から警察庁は他省庁出身者には県警本部長をさせない方針に変わったと聞いたことがある。そうであるなら、大使こそ、助走と訓練が必要だろう。若いころに一度外務本省や在外公館に出向して外交の実務に接し、ある程度やりおおせた人間が、長じてから大使で二度目の勤務をすることを原則としたら如何だろうか?

 また、大使はオールラウンド・プレーヤーでなければならない。

「自分は商社出身だから歴史問題は議論しません、領土問題は足して二で割ります」では国益は守れない。同時に、「私は国防・治安機関出身ですから、日本企業支援など関心がありません」では、在留邦人社会の理解と支持が得られるわけはない。また、スピーチやテレビ出演などの露出は常態と心得ておかなければならない。

 したがって、外部人材を大使に抜擢する際の「研修」が重要となるのだ。

 大使ポストをゆめゆめ落選した国会議員相手の失業対策とすることなどないよう、万全の用心と配意をしつつ、微妙で繊細な制度設計をしていく必要がある。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、00年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年オーストラリア日本国特命全権大使に就任。23年末に退官。TMI総合法律事務所特別顧問や笹川平和財団上席フェロー、外交評論活動で活躍中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)がある。

ライフ