佐藤優「ニッポン有事!」「神に選ばれた」と確信するトランプ「平和実現」の可能性

 米国のペンシルベニア州バトラーで7月13日、トランプ前米大統領が演説中に銃撃され、右耳を負傷した。容疑者は直ちに射殺された。連邦捜査局(FBI)は銃撃したのはペンシルベニア州に住む男性トーマス・マシュー・クルックス容疑者(20)と特定した。現時点でクルックス容疑者の動機は不明だ。この事件を契機にトランプ氏優勢の流れが強まると思う。

 筆者はこの事件がトランプ氏の内面世界に与えた影響に注目している。トランプ氏は宗教右派ではなく、アメリカの中産階級以上に信者が多い長老派(プレスビテリアン)に属している。長老派は、スコットランドに起源を持つカルヴァン派の一潮流だ。筆者はトランプ氏の認識と行動は、世俗化されたカルヴァン主義と見ている(筆者自身がカルヴァン派なので、この派に属する人々の思考様式が肌感覚で分かる)。

 カルヴァン派は、ある人が神に選ばれ救われるか、捨てられ滅びるかは、その人が生まれる前に決まっていると考える(二重予定説)。特に生命の危機に直面し、生き残ったときにカルヴァン派の人は「やはり自分は、神によって選ばれている。命は神によって貸与されたものなので、今回生き残ったのは神が私にこの世でやるべき使命があると考えているからだ」と受け止める。

 今回の銃撃でトランプ氏は右耳を負傷した。弾丸があと5センチ顔に寄っていたら、頭部が吹き飛んで死亡していたはずだ。トランプ氏は実に運が良かった。

 ただし、カルヴァン派の人は、こういう事態を運が良かったとはとらえず、自分が生まれる前から神によって選ばれていることの証左と受け止める。トランプ氏は今回の事件で「自分は大統領選挙で必ず当選する」という信念を強めたと思う。そして今後いかなる試練があっても、神によって選ばれた自分はそれを克服し、アメリカを再び偉大な国家にする使命を果たすことが出来るという自信を深めたと筆者は見ている。

 銃撃事件の2日後に、トランプ氏にとって喜ばしいニュースがあった。

〈アメリカのトランプ前大統領が軍の情報など、最高機密を含む文書を不正にフロリダ州の自宅で保管していたとしてスパイ防止法違反の罪などに問われていた裁判で、アメリカのメディアは15日、フロリダ州の連邦地方裁判所が検察側の起訴を棄却したと伝えました。

 メディアは、検察側は不服を申し立てるとみられるとしていますが、トランプ氏側にとって大きな勝利だとも伝えています〉(7月16日、NHK NEWS WEB)

 トランプ氏からすれば、これも神が彼自身を選んでいるという証拠になる。神憑りになった政治家には独特のカリスマ性が加わる。

 トランプ氏は、前回大統領の座にあったとき、北朝鮮の金正恩総書記と3度会談し、朝鮮半島で戦争が起きることを防いだ。トランプ氏が平和の実現こそが自分が神によって与えられた使命という思いを持てば、歴史に残る大きな業績を残す可能性もある。

佐藤優(さとう・まさる)著書に『外務省ハレンチ物語』『私の「情報分析術」超入門』『第3次世界大戦の罠』(山内昌之氏共著)他多数。『ウクライナ「情報」戦争 ロシア発のシグナルはなぜ見落とされるのか』が絶賛発売中。

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