これまでも「米大統領に関してはコメントしない。我々は内政干渉はしない」との立場をとり、米次期大統領についての言及を避けてきた中国政府。3月には西側メディアからの“バイデン氏とトランプ氏のどちらが中国に「強硬」か”との質問に際し、中国外務省の毛寧副報道局長は、「私が言えるのは、中米関係を『競争』で定義するのに反対だということだ」として、以降も同様の質問に対しては従来のスタンスを貫いてきた。
しかしむろん、それは表向きの話。中国共産党系の環球時報やSNSでは、連日のように米国メディアの放送を皮肉を込め報じている。そんな中で今、中国メディアをはじめSNSで風刺ネタとして盛り上がりを見せているのが、6月28日に行われた米大統領選討論会でのバイデン氏の精彩を欠いた答弁だという。中国ウォッチャーが解説する。
「環球時報はもちろん、国営のCCTV(中国中央電視台)では連日、『民主党もバイデン氏続投にサジを投げた』『党幹部も新しい候補選びに躍起になっている』といった米メディア報道を解説付きで報じています。SNSの『Weibo』(微博)上も同様で、既に中国国内でも『もしトラ』ではなく『ぜっトラ』というトーンに変わりつつあるようです」
当然、こういった放送なりネット情報は中国政府も把握しているが、政権批判でなければスルー。毎度おなじみ「内政干渉になる」との一言で、一切のコメントを差し控えている状況だ。とはいえ、先端技術の対中輸出規制を強化し、日韓やオーストラリア、フィリピンなどと連携して中国包囲網を構築したバイデン氏より、ロシアのプーチン大統領と独自の関係を築き北朝鮮の金正恩委員長との会談も実現させたトランプ氏のほうが、自国にとって有益だとみているとの識者の声は多い。
とはいえ、トランプ氏は前回の大統領在任中、対中貿易赤字解消のため中国製品に高関税をかけ、再選した場合には対中関税を60%超に引き上げると公言している。仮にそれが実現した場合、中国経済の打撃は避けられないだろう。それにもかかわらず、中国政府がバイデン氏よりトランプ氏を歓迎するのは、ある理由
「トランプ氏が『ディール(取引)に応じる人物』であるからだとされます。つまりトランプ氏は利益第一で動くためにディールが可能で、仮に圧力をかけてきても交換条件で妥協点を見いだせる可能性はいくらでもあるというんです。そこが、エリート意識が高く融通の利かないバイデン氏とは決定的な違いだと見られているということ」(同)
そしてもう一つ、習近平政権がトランプ氏を歓迎する決定的理由と言われるのが、習氏が「核心的利益の中の核心」と位置付ける、台湾問題に関するトランプ氏の発言だ。
「昨年7月、トランプ氏はFOXニュースのインタビューで、中国が攻撃してきた場合、米国の大統領として台湾を守るかどうかと質問され、『その問いに答えたら、交渉上で非常に不利な立場に追い込まれる』と述べ明言を避けています。さらに半導体開発で遅れを取ったことに触れ、皮肉を込めて『台湾は我々の半導体事業の全てを奪った』と述べた。中国政府の報道官が、『米国は常に米国第一を追求しており、台湾はいつでもチェスの駒から捨て駒に変わり得る』と、米大統領選でトランプ氏が勝利すれば米国が台湾を見捨てることもあり得るとの認識を示しましたが、この発言が大きな波紋を広げることになりました」(同)
つまり習氏にとっても、米国第一主義のトランプ氏は対処しやすい相手と言えなくもない、というわけだが、一方で予測不能な動きが脅威であることも紛れもない事実。識者の間では討論会からのバイデン氏交代の流れで、一番ほくそ笑んでいるのは習主席ではないのかとの声もあるが、米大統領選まであと4カ月。果たしてどんな結末が待っているのか。
(灯倫太郎)