これがいつもの脅しでなかったら、北朝鮮と韓国との間で勃発する戦争は、米中ロ、そしてわが日本も巻き込まれることは間違いない。
北朝鮮の金正恩総書記が15日、平壌で開かれた最高人民会議において、韓国を「第1の敵対国、不変の主敵」として憲法に明記すべきと口にした。
翌16日付の朝鮮中央通信によれば、会議で正恩氏は、「朝鮮半島で戦争が起きた場合、韓国を完全に占領、平定し、自国の領土に編入する」ことを憲法に反映させると明言。そのうえで、南北の対話の窓口となってきた祖国平和統一委員会や、韓国との共同観光事業である金剛山国際観光局など3機関の廃止を発表。次回の最高人民会議で憲法改正を審議すると表明したのである。北朝鮮ウォッチャーが語る。
「これまでの演説で正恩氏は、『我々の主敵は戦争そのものであって、南朝鮮や米国、特定のどこかの国や勢力ではない』としてきましたが、昨年末の労働党中央委員会で『北南関係は同族関係ではなく敵対的な二国間関係、戦争中の2つの交戦国の関係だ』とハッキリ明言。さらに『大事変の準備に拍車をかけなければならない』と述べて、韓国との対決姿勢をより鮮明にしました。そして、今回の演説では『共和国(北朝鮮)の民族の歴史から、統一と和解、同族という概念を完全に除去しなければならない』とエスカレート。むろん、4月の韓国総選挙をにらみ、北朝鮮に強硬姿勢を取る現政権の失敗を印象付ける狙いがあるのでしょうが、統一委員会の廃止は、祖国統一を放棄したに等しいわけですからね。今回ばかりは、ただの脅しではなく朝鮮戦争以来最も危険な水域に差し掛かっていると見ていいでしょう」
だが、「祖国統一は朝鮮半島で暮らす多くの人々にとって悲願であり、民族の至上課題だ」と宣言していたのが誰あろう、正恩氏の父・金正日であり、祖父・金日成である。つまり南北統一の放棄は、先代たちが掲げてきた旗印を降ろすことにもなる。
ではなぜ正恩氏は、憲法を改正してまで「統一を放棄する」と言い切ったのだろうか。北朝鮮ウォッチャーが続ける。
「2019年、当時のトランプ大統領との首脳会談が物別れに終わった後、バイデン大統領から無視され続けたことで、正恩氏は先代から30年以上模索し続けた米国との関係正常化への希望を完全に捨てた、という見方ができます。加えてウクライナとイスラエルへの複数面対応で、米国は国力の衰退が見え始めた。それに対し北朝鮮は、昨年のプーチンとの首脳会談を機にロシアとの関係が強化され、外交戦略の転換が可能になった。そうした環境が今回の強気な『南北統一放棄』発言に結びついているのではないか」
正恩氏の発言は、泉下の先代たちに届いているだろうか。
(灯倫太郎)