北朝鮮の金正恩総書記が父親である故・金正日前総書記の生誕日「光明星節」で、錦繍山太陽宮殿を訪れたのは2月16日のこと。新型コロナウイルスの感染拡大もあり、同氏が父の誕生日に宮殿参拝するのは2021年以来、実に4年ぶりだったが、今回随行したのは妹の金与正副部長ら5名。ところが、その中に正恩氏の妻・李雪主氏、娘のジュエ氏が同行していなかったことで様々な憶測が流れている。
というのも、これまで正恩氏は「光明星節」の参拝に、13年と16年の2回、夫人を同行させている。しかも昨年1月1日に平壌で開催された「2024年新年慶祝大公演」を最後に、すでに1年以上公の場に姿を見せていないことで、健康不安説、妊娠説なども噂されているというのだ。北朝鮮情勢に詳しいジャーナリストが語る。
「昨年1月の公演では、正恩氏、娘のジュエ氏と並んで3ショットで登場。映像で見る限り健康不安があるとは思えない様子でしたが、その後、1年2カ月も公の場に出てきていませんからね。確かに妊娠説も出ているようですが、韓国の国家情報院筋は、健康上の理由や地位が変化したという訳ではなく、何らかの意図があって、あえて表に出さないようにしているとの見方を示している。つまり、母親より娘を全面的に出すことで、より後継者としての存在をアピールしている可能性もあるのではないかと」
正恩氏が李雪主夫人と結婚したのは、同氏が後継者としてお披露目された2010年前後だとされる。だが、その後2年以上、夫人の存在は秘められたままで、朝鮮中央テレビが初めて「夫人の李雪主同志」と公に報道したのは12年7月。夫人が正恩氏に同行し陵羅人民遊園地竣工式に出席した時のことだった。
「実はこの年の7月に入り、正恩氏に同行する夫人の姿が北朝鮮メディアによってたびたび配信され、妹説や愛人説も浮上していたんです。結果、朝鮮中央テレビで結婚していたことが報告されたわけですが、その後も妊娠や出産で時々、公の場に現れなくなったものの、18年頃からは頻繁に表舞台に登場。この年の4月には中国共産党中央対外連絡部部長の宋濤と会談し、中国芸術団公演を鑑賞したこともありました」(同)
同年には板門店の韓国側施設「平和の家」で行われた南北首脳会談後の晩餐会に出席し、当時の文在寅大統領や夫人と会食。また、19年1月には、金与正らとともに35歳の誕生日を迎える正恩氏の中国訪問に同行したこともある。
ところが、11年11月、朝鮮中央テレビが大陸間弾道ミサイル「火星17」の発射場に正恩氏と一緒にいた白いダウンジャケット姿の女の子を「金総書記の愛するお子様」と報道。これを皮切りに、父親に伴われ様々な国家関連行事に登場するジュエ氏の姿が紙面を飾り大々的に報じられる中、夫人の表舞台への登場回数も徐々に減りつつあったようにも見える。
「母の李雪主氏とジュエ氏が瓜二つだということもあり、同じシーンに登場すれば、どうしても見る者の目が分散してしまう。そのため北朝鮮としては母親を引っ込め、ジュエ氏を実質的にファーストレディとすることで神格化することを狙っているのではないか、ということ。さらに正恩氏も40代に入り、青年というイメージを脱却して慈愛に満ちた偉大な父親、というイメージを国民にアピールしたい。そのためにもジュエ氏は有効な手段で、韓国国情院も、李雪主氏が表舞台に出てこなくなった理由は、その辺りではないかと推察しているようです」(同)
イメージアップのためなら、妻でさえ出したり引っ込めたりする金正恩総書記。そのしたたかさが透けて見えるのである。
(灯倫太郎)