中国が「世界の工場」と呼ばれ繁栄の坂を駆け登っていた1990年代、筆者は衝撃的な話を聞いた。
「中国はどんなに発展しても必ず躓く。理由は二つの政策と一つの伝統があるからだ」
教えてくれたのは、戦前、日本が国策で上海に設立した私立大学「東亜同文書院」に学び、終戦後も中国に留まり、中華人民共和国建国後に帰国して地方新聞で論説委員を務めた中国研究者だ。いわく、「経済成長すればするほど格差が拡大し、中国政府を追い詰める」とし、「二つの政策と一つの伝統が崩壊の決定打となる」と強調した。
二つの政策のうちの一つは「一人っ子政策」だ。1949年の建国以来、貧しかった中国は「腹を満たす」ことが国家目標だった。人口増による食糧不足の懸念から、1979年に世界史に例を見ない「夫婦が育てられる子供は一人だけ」という人口抑制策が2015年まで続いたことは知られている。この結果、女性の肌に触れないまま生涯を閉じる男が3000万人も生まれるような歪んだ社会が出来上がった。
出生数の減少は少子高齢化を招き、経済にも陰りを見せ始めた。「一人っ子政策」は2015年に廃止され、2021年には夫婦1組に3人まで産めるようになったが、人口構造を変えるのはもはや不可能だ。貧富の差ならば働けば克服できるという幻想は持てる。だが、産児制限により生じた男と女の人口差は埋めようがなく、国民の不満は膨らみ続ける。そして、現役世代の夫婦がそれぞれの両親(4人)を支える高負荷社会がすでに始まっている。いずれも大暴動に発展しておかしくない問題だ。
二つ目の政策の過ちは「株式市場」を設けたことだ。
1979年来の改革解放政策の成功で、中国はさらに大胆な経済構造改革を断行。1990年に上海株式市場、1991年に深セン株式市場を開設した。狙いの一つは「鉄飯碗(割れない鉄で作ったお碗)」に例えられた、赤字経営でも倒産しない非効率な国有企業を淘汰することだった。
直接金融で外資を取り込むことができる株式市場は当初、金の卵を産む孵卵器になった。だが、中国が謳う「特色のある社会主義体制」とは本来、相いれないものだ。それが露呈したのは恒大集団に代表される不動産バブルが破綻してからだ。中国当局が、いくら2023年の経済成長見通しを5%と発表しても、上海、深センの株式市場は右肩下がりのまま。つまり、政府が設けた市場が政府の嘘を見破り、中国政府にNOを突きつけているのである。
そして、中国共産党を追い込む「一つの伝統」が官僚腐敗だ。
習近平主席が発足に当たり「トラもハエも叩く」と、汚職追放を掲げたことは知られている。それによって約400人近い役人が処罰された。ところが、いくらこうしたキャンペーンをおこなっても、中国から腐敗を一掃することはできない。賄賂が横行する歴史的風土があるからだ。
中国4000年の歴史を支配したのは官僚体制である。中華人民共和国が建国されるまで、中国では科挙の試験に合格して任官すると、俸給の無いまま地方に配属された。赴任に際しての費用、生活費は典当(質屋)が用立てた。そのため任官した官僚は手数料や賄賂を取り立てて金を作った。
こうして根付いた伝統は、習近平政府がいくら反腐敗運動を展開しようと、なくすことは至難の業なのだ。
中国はこのまま沈んでいくのだろうか。
(団勇人・ジャーナリスト)