「夢グループ」社長が激白「19歳で初の正社員。地球儀の飛び込み営業でいきなり手取り30万円」

 アサ芸読者の皆さん、こんにちは! 夢グループ代表の石田重廣です。今回は正社員として初めて勤めた営業マン時代のお話です。19歳でした。当時、アルバイトも、どこもすぐにクビになってましたから、〝よしっ! ならば正社員になろう!〟と思い立ったんです。そう決意した僕の目に飛び込んできたのが、求人情報誌のキャッチフレーズ。

「月収100万円も可能! 週払いもOK」

 雇い主は大手出版社の百科事典や幼児向けの知育絵本、地球儀などを売る営業会社でした。月収100万円のうたい文句も魅力的でしたが、なにより僕がいいなと思ったのは自分で選択できる3種類の給料体系です。具体的に言いますと、Aコースは給料18万円+歩合1割、Bコースは給料10万円+歩合2割、Cコースは基本給なしの完全歩合制で売り上げの3~4割がもらえるというものでした。面接で難なく正社員となった僕は、迷うことなく、Cコースを選びました。会社は新宿にある支社で、営業マンが150人ほど働いておりました。毎朝8時に出社して、各々営業先へと向かうのです。

 飛び込みの営業は、都内よりも電車で1時間ほど離れた、郊外の住宅地の方が契約を取りやすいんです。なので、交通費は自腹でしたが、往復約2時間かけて毎日郊外で飛び込み営業を続けました。最初のうちは先輩にくっついて、子供のいそうな家を1軒1軒回ります。〝どこで子供がいるかいないかを判断するか?〟と言えば、玄関先です。玄関の脇に子供用の自転車が停まっていたりする家はたいてい小さな子供がいるファミリー世帯なので、そんなところを注意しながら回るのです。

 僕に営業のイロハを教えてくれた先輩というのが、これまた格好よくってねぇ。ビシッとスーツを着こなして、言葉巧みに次から次へと商品を売っていくんです。

 当時は現金支給だったお給料袋がですね、その先輩のはドンッと机の上に立つんですよ。1週間に50万円の週給は当たり前。そんな先輩に憧れながら金魚の糞みたいについて回っていたある日のこと。

「石田、そろそろやってみろ」と先輩から言われ、いよいよ僕の出番です。ヨレヨレのスーツを着た福島訛りの新米営業マンの初飛び込み営業でございます。ここで、僕はふと思いました。どうせ訪ねるのだったら、戸建てじゃなくてマンションや団地の方が効率的なんじゃないか?と。それで、集合住宅の1階からチャイムを闇雲にピンポン、ピンポ~ンと鳴らしていたら、後ろから先輩がこうアドバイスしてくれました。

「石田、音というのは上に響くものなんだ。だから1階からチャイムを鳴らしていけば、住人はみんな営業が来ていると悟って誰もドアを開けてくれないぞ。集合住宅で営業をする時は上階から鳴らしていくんだ」

 それからもう1つ。チャイムを鳴らす時は静か~に鳴らすこと。そうすると、住人の方はそ~っと様子を窺うためにドアののぞき窓まで近づいてくるから、その気配を感じた瞬間にドアをドンドンと叩いて「ワタナベさ~ん!」と表札に書いてある名前を呼びかけるんだと。不意をつかれると、人間って「えっ!? 何?」と動揺してしまってドアを開けちゃうんですよね。そこですかさず「東京から来ました~。◯◯社の本を売ってます」って営業トークへとつなげるんです。

 優秀な先輩のご指導のおかげで僕はすぐに売り上げを出せるようになりました。午前中、2時間半ぐらいの間にだいたい3件ぐらいは売れたので、3万~4万円の売り上げになりました。月収にして30万円。もう、これだけあれば十分です。

 午前中のひと仕事を終えると、お昼ご飯を食べていざ出陣! えっ?どこへって? もちろんパチンコに決まっているじゃないですか。煙草は吸えるし、雨もしのげる。なんといってもパチンコ自体が楽しくって楽しくって。1万円の日当を稼げば5000円はパチンコに使えますからね。かさばる地球儀はコインロッカーに預けておいてね(笑)。

 ところがです。何が腹立たしいって、夕方6時に社に戻って営業報告をしなければならないという規則があるんです。〝これからっていう時なのに〟と、苦虫を嚙みしめるような思いで何度店を後にしたことか。

 そうこうしているうちに、入社3カ月目を迎えた僕は、月例会で支店長から「石田、今月の売り上げ目標をみんなの前で発表しなさい」と命じられました。

「今月の目標は今まで通り1日3万~4万円、1カ月で90万~100万円の売り上げで、自分の手取りは30万円です」

 と答えると、支店長が、

「それはもう達成している額じゃないか。もう少し目標を高く持たないか?」

 と強い口調で言ってきました。そこで、僕は正直に言ったんです。

「それより支店長、朝は必ず出社しますから、6時に社に戻るのは勘弁してもらえませんか?」

 首をひねる支店長に、さらにこう言い放ちました。

「僕は完全歩合制だし、午前中は一生懸命、営業をして生活費は稼げています。日当の半分はパチンコに投資しているんです。だから僕の目標は月収30万円で6時に会社に戻らなくてもよくなることですっ!」

「ふざけんな! もういい、帰れ!」

 支店長から怒鳴られて、バカバカしくなった僕は会社を辞めました。そもそも完全歩合制なんだし、時間に縛られる必要なんてないじゃないか。朝礼には出社しているのだから。まあ、その時間帯にはパチンコ店がまだ開いていないということもあるけど(苦笑)、全く納得できませんでした。

 ただ、あの時にこんなひと言があれば、もう少し頑張れていたかと思うんです。

「今日1日だけでも10件取ってこいよ。そしたら、明日からまたパチンコさせてやるから」

 ウソでもおだてでもいいから、もっと上手に励ましてくれていれば、もしかしたらあの会社でずっと働いていたかもしれません。

 アルバイトも社員も無理。よしっ、今度は自分が金を稼ごう!--。これらの経験こそが自分で商売を興す原動力となったのです。

石田重廣(いしだ・しげひろ)株式会社夢グループ、株式会社ユーコー代表取締役社長。1958年7月1日生まれ、福島県出身。自ら出演する「夢グループ」のテレビショッピングで大人気。昨年、保科有里とのデュエット曲「夢と…未来へ」で歌手デビュー。

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