伊藤惇夫「理念なき“スライム総理”が軽々と決断する危うさ」/岸田文雄「総理就任582日」を総括する(1)

 これまでの岸田さんの動きを見ていると、21年10月の総理就任後はひたすら安全運転。何も決めない、何も打ち出さないという政治姿勢から「検討使」というあだ名がついたほどです。しかし、22年夏の参院選で大勝すると、そこからガラリと変わって、安倍元総理の国葬を皮切りに、原発の再稼働、そして防衛費の倍増と、国の方向性を変えるような決断をいとも軽々と進めていくようになった。

 この流れを見て思うのは、岸田さんはスライムみたいな人ですよね。おもちゃのスライムありますよね? 確固とした形がなく、捉えどころがない。角が立つこともなく、突っ込んでもフニャっと批判をかわしちゃう。そこが最近の支持率に影響しているのではないでしょうか。スライムのように触り心地はよくて、見た目はソフトだからゴリゴリの政策を進めても、そんなに嫌われない。一言で言えば不思議な人ですよ。

 それと、これはよく言われることですが、話が本当につまらない。だから一般の人は岸田さんの話を聞こうとしない。それもプラスに作用しているのではないか。

 総理大臣には2つのタイプがあります。「なったら総理」と「なりたい総理」。

 前者は「なったらこれをやるんだ」という信念があるから、あくまで総理就任は手段でしかない。好き嫌いは別にして、中曽根康弘さんはまさにそのタイプ。1947年に初当選して以降、ずっと総理を目指すと言っていて、大学ノートに政策を綴り続けていました。35年後、実際に総理になった時、そのノートは20冊以上に及んでいたといいますから、まともな総理と言っていいでしょう。

 逆に後者は総理になることが目的なので、その先、やりたいことがない。少なくとも今までの岸田さんを見る限りでは、後者に近いように思えてなりません。

 現在、議論になっている少子化対策も、政策は本来、財源による裏付けとセットになっていないといけないものを、財源が明確でないまま、看板だけ掲げて中身は後回し。さらに役人に丸投げだというんですからお粗末ですよ。少子化対策がいつの間にか子育て支援にシフトしているのも問題で、経済的理由で結婚できない「不本意未婚」、それに起因する〝少母化〟の問題を食い止めるべきだと思いますけどね。

 そんな具合で、理念や哲学がない人が軽々と国のあり方を変える決断をすることには危うさを感じます。

 また総理というものは「3大欲望」に取りつかれます。【1】1日でも長く総理でいたい、【2】みずからの手で解散総選挙を打ちたい、そして【3】歴史に名を残したいというものです。日本人が歴代総理として念頭に浮かべるような人はこの3つを叶えた人たちで、「名前」と【3】の「業績」がセットで語られます。例えば吉田茂さんの日本の主権回復、佐藤栄作さんの沖縄返還、田中角栄さんの日中国交回復、国鉄民営化をはじめとする中曽根さんの行政改革です。

 実は在任歴代最長を記録した安倍さんも、【3】は成し遂げていません。北方領土は返ってこなかったし、拉致問題は進展がなく、憲法改正も叶いませんでした。

 じゃあ岸田さんはどうか。【1】に取りつかれていることは間違いない。【2】は今年の夏から来年頭くらいに行うでしょう。じゃあ【3】はどうかと言えば、「なりたい総理」には成し遂げられないでしょう。

 今の政権を潰してもいいという覚悟で、将来の日本を案じてほしい。これから「なったら総理」になることを期待したいですね。

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