池上彰「日本で新しい階級闘争が!」/混迷の時代を知る5冊(1)

 コロナ禍の長いトンネルを抜けたその先には、軍事衝突、経済不安、混迷する世界情勢が待っていた! 今や古い価値観は崩れ去り、新参者が我が物顔で闊歩している。激動の時代にはみずからの羅針盤を研ぎ澄ませることが必要なのだ。ジャーナリスト・池上彰氏が時代の道しるべとなる「推し本」をズバリ解説する。

─今回は、池上さんにGWに読むのにお勧めの本を選んでいただきました。

池上 まず最初は、「あなたの牛を追いなさい」(毎日新聞出版)を推したいですね。「十牛図」というのは、牛を探したり、牛を見失ったりなど、仏教の考え方を示した大変有名な図のことです。これについて、「孤独のグルメ」(テレビ東京系)でもお馴染みの俳優松重豊さんが曹洞宗・枡野俊明住職にいろいろ質問する形で禅問答になっています。松重さんは還暦を迎えるにあたり、改めて人生の過ごし方を振り返るという気持ちになったそうです。人間還暦を迎えると、もう一度学び直したいという気持ちが出てくるものなんですね。

─還暦が人生を見つめ直す節目になったわけですね。

池上 還暦になると赤いちゃんちゃんこを着るのは、人生が一回りして赤ん坊に戻るということです。私自身も、還暦を迎えた時に、ここまで無事に生きてこれたのは、もちろん両親に感謝することもありますが、高等教育を受けるなど、やっぱり日本社会に育てられたからだと思う。だったら、今後はその恩返しをするのが還暦以降の人生だろうと考え、大学で教えるようになりました。

 また、松重さんはコロナ禍において役者としての仕事が、かなり制限されたこともあったそうで、それがいろいろ考えるきっかけになったようです。ですから、還暦とは関係ない人でも、自分の生き方を見直したいと思っている人は、GWの連休中くらい普段の生活からちょっと離れて、この本を読んで生き方を考えてみるのはどうでしょう。

 人生を振り返る際、宗教の考え方は非常に助けとなります。キリスト教、イスラム教など宗教にもいろいろありますが、日本人なら、やっぱり慣れ親しんだ仏教がいいのではないでしょうか。松重さんは仏教のことをまったくわからない素人という立場ですし、文章もやさしい対談形式になっています。どなたでも身構えることなくリラックスして読めると思います。

─次の「新しい階級闘争」(東洋経済新報社)も気になりますね。

池上 何が新しいのかということですが、従来の階級闘争とは、マルクスなどが唱えたブルジョアとプロレタリア、資本家と労働者による革命闘争など激しい対立を指します。これに対し、新しい階級闘争とは、右左ではなく上下の対立だとするものです。つまり、大学を出た都市部の高学歴エリートと、大学とは無縁の田舎の労働者階級の間で、新しい闘いが始まっているというものです。

 わかりやすいのが、米トランプ前大統領の例です。オバマ元大統領や16年の大統領選で戦ったヒラリー候補は大都市のエリートでしたが、トランプはそうした大都市の鼻持ちならないエリートに対する恨み・嫉み・怒りを一手に集めて大統領になったのです。選挙戦の演説では、「オレは学歴のないやつのことが好きなんだ」と支持者を煽っていました。

 フランスでも、昨年の大統領選でエリートのマクロンに、極右政党「国民戦線」のルペン党首が肉薄しました。これも、学歴のない白人の労働者層に対し、移民や難民が国内に入ってくると仕事が失われると危機を煽って票を集めたわけです。16年にイギリスがEUから離脱を決めたのも、ポーランドなど東欧から移民が来ることで仕事が奪われると労働者階級が怒ったからでした。反対に、EU加入で利益を出していたエリートからすれば、ビックリ仰天だったわけです。今世界のあちこちで、まさにそういうことが起きているわけです。

─日本にも新しい階級闘争は来ているのでしょうか?

池上 気になりますよね。では、なぜ昨年NHK党から出馬したガーシー氏が参議院議員選挙で28万7000票も集めて当選したのでしょうか。あるいは、参政党もSNSでワクチン陰謀論を訴えて、1議席獲得しました。今、地方議員は立候補者が少なく、定員割れで告示日に無投票で全員当選ということもある。となると、エリートに対する不満を集めると当選するわけです。気づいていないのは都市部のエリートだけ。今、NHK党は、政治家女子48党と名前を変えて地方議員としてあちこちで出馬しています。つまり、日本でも新しい階級闘争は始まっているわけです。

池上彰(いけがみ・あきら):1950年長野県生まれ。1973年にNHK入局。現在はフリージャーナリストとして多方面で活躍。名城大学教授、東京工業大学特命教授、東京大学客員教授などを務め、大学で教える。「そこが知りたい!ロシア・ウクライナ危機 プーチンは世界と日露関係をどう変えたのか」(徳間書店)など著書多数。

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