松井秀喜氏が語ったWBC「タイミングが合えば出たかった」の裏にあるもの

 メジャーリーグでも活躍した巨人OBの松井秀喜氏が、ニューヨークで地元の子供たちに向けて野球教室を開催。練習後、子供たちから3月に開催された第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)について質問を受けた。

 WBCは日本を応援したの?

「それは、もちろん」

 WBCに出たかった?

「タイミングが合えばぜひ出たかった」
 
 WBCの第1回大会が開催されたのは、06年。松井氏がニューヨーク・ヤンキースに移籍して4年目のことだった。松井氏は移籍後3シーズンいずれも3ケタ安打、100打点以上をあげる活躍。特に05年は大リーグで初めて打率3割をマーク。オフには3年契約が切れるが、新たに4年5200万ドル(当時のレートで約62億円)を結び直している。
 
 それだけに野球ファンはWBC出場を熱望したが、松井氏は出場を辞退。ところが、この年の松井氏は開幕前のスプリングトレーニングで古傷の左ひざ痛が再発。万全の状態でシーズンに臨むことができず、MLBでキャリア最少となる51試合出場に留まった。
 
 WBC第2回大会は09年に開催。08年に結婚し、公私ともに充実しているように見えた松井氏だが、その年のシーズン終盤に左ひざの内視鏡手術に踏み切る。第2回WBCも辞退のやむなきに至った。ヤンキースとの4年契約の4年目に賭ける思いもあったのだろう。結果、09年の松井氏は2年ぶりに3ケタ安打、90打点をマーク。ヤンキースの9年ぶりの世界一に貢献し、日本人選手としては初となるワールドシリーズMVPを獲得した。
 
「タイミングが合えば」の言葉の裏には、こうした状況があったわけだ。

 日本が優勝した第1回、第2回大会で活躍した当時マリナーズのイチロー氏に比べ、WBCに対する意欲に温度差があったといわれていた。
 
 松井氏は4月下旬に、日本でも野球教室を開催するという。ここでもまたWBCに関する質問を受けるのは必至だろう。今回の「大リーグ組」の躍動について、松井氏は何と話すだろうか。

(所ひで/ユーチューブライター)

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