森保ジャパン「ドーハの奇跡」までの乱高下評価(2)「無策」の揶揄を蹴散らした

 それではなぜ、悲観的に語られがちだった森保ジャパンが「ドーハの奇跡」という偉業を打ち立てられたのか。その理由のひとつには、対戦相手への徹底的な分析があった。小島氏が語る。

「ドイツに勝っていたことが自信になり、選手がケツを引かずに自信を持って戦えたのも大きかったと思いますが、スペイン戦の勝利は、スカウティングと研究のたまものだと感じました。中盤を構成するセルヒオ・ブスケツ(34)やガビ(18)、ペドリ(20)がボールを持つと日本はきっちり体を寄せ、決定的な仕事をさせませんでしたし、GK(ゴールキーパー)もパス回しに参加するスペインの特徴を逆手にとって、前田大然(25)が果敢に何度もプレスをかけていました。堂安律(24)の同点弾も、そうしたプレーのこぼれ球からのものでした」

 また、元日本代表キャプテンで、現在、清水エスパルス・アカデミーヘッドオブコーチングの森岡隆三氏も、森保ジャパンの優れた部分として、そうした戦略性の豊かさを指摘する。ドイツ戦の後半に行ったフォーメーション変更を例に挙げると、

「あの形は、親善試合のカナダ戦で試していた。選手たちも『後半早々に変えるとは思わなかった』とコメントしていましたが、少なくとも森保監督の中では準備していたわけです。スペインとは、21年の東京五輪で対戦しています。A代表でこそないですが、それに近い布陣でした。スペイン戦に関しても、展開を予想してかなり入念に準備をしていたと思います」

 戦術がビシッとハマったうえでの勝利、それはイコール森保監督の、勝負師としての冴えを意味する。森岡氏が続ける。

「17年に私がJ3のガイナーレ鳥取で監督だった頃、隣県のチームということでサンフレッチェ広島と試合をする機会があり、当時、広島を率いていた森保監督と、いろいろ話をさせてもらいました。立場的にはこちらが監督1年目のペーペーで、森保さんはすでにJ1優勝3回の名監督。にもかかわらず、私との会話の中で何か新しいことを見つけようという貪欲な学びの姿勢と、サッカーへの探求心をすごく感じましたね」

「無策」と揶揄されながらも、それを蹴散らす大成果を挙げた森保監督は、間違いなく称賛に値するだろう。小島氏が感慨深げに語る。

「代表ともなると、大勢のスタッフを抱えて、相手チームの情報を集め、分析します。私が代表だった98年大会でも、当然、そういう分析コーチがいましたし、選手もどう戦うかのプランは持っていました。だけど相手国選手の圧倒的な『個の力』に屈し、その差を埋められないというのが日本サッカーの歴史でした。海外リーグでバリバリプレーする選手が増えた今は、分析を落とし込んだ戦略にプレーする選手の『個の力』が乗っかる。それが勝利を呼び込んだと思います」

*週刊アサヒ芸能12月15日号掲載

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