森保ジャパン「ドーハの奇跡」までの乱高下評価(1)アジア最終予選で辞任を考えた

 12月6日未明、日本中からタメ息が漏れた。決勝トーナメントのクロアチア戦を、1-1の同点からPK負けで落とした日本代表。ただ、スペイン、ドイツという強豪国相手にジャイアントキリングを起こした雄姿は世界のサッカーファンの目に焼き付いている。アジア予選から大会直前まで、選手や監督の采配にブーイングも見られた森保ジャパンだが、たどり着いた「約束の地」で、日本サッカーの歴史は確実に塗り替えられた。その道程をプレーバック!

 12月2日金曜日、日本時間では早朝の5時54分。カタールW杯のグループE最終戦、日本対スペインの試合終了を告げるホイッスルが鳴った。この瞬間、日本列島は大きく揺れた。森保ジャパンが半ば不可能とも言われた決勝トーナメント進出を、それもグループ1位で達成したのだ。

 98年のフランスW杯で日本代表に選出された、サッカー解説者の小島伸幸氏が言う。

「これまでも日本がW杯でグループリーグを突破し、決勝トーナメントに進出したことはありましたが、ドイツとスペインという、常に『優勝候補』とされるような強豪国を2チームも下して突破したことはありません。ましてや会場はカタールのドーハ。言うまでもなく、93年にW杯本戦初出場をかけて日本が戦い、ロスタイムでイラクに同点に追いつかれて夢破れた『ドーハの悲劇』と同じ場所です(試合会場は別)。とりわけスペイン戦は、倒した相手のインパクトも含め、日本サッカー界にとって大きなターニングポイントとなるような勝利だったと思います」

 日本代表を率いる森保一監督(54)は、当時のドーハの悲劇で最後までピッチに立っていた選手の1人。まさにその雪辱を「倍返し」で果たした格好となった。

 とはいえ、森保ジャパンの〝航海〟は、決して順風満帆でなかった。起用する選手を固定しがちな采配は、いつしか「保守的だ」「無策だ」と断じられ、出場時に精彩を欠いた選手へ向けて、SNS上などで容赦なくこき下ろすサポーターも少なくなかった。

「アジア最終予選の序盤、オマーン戦とサウジアラビア戦で負け、1勝2敗と窮地に立たされた際、批判はピークに達しました。その時、森保監督は辞任を考えていたことが、のちに本人の口からも語られています。そうした監督の覚悟を察知したのか、選手たちが奮起。そこから6連勝を記録して、W杯本戦への切符を手にしています」(サッカーライター)

 ただし大会開催直前、親善試合の結果も芳しくないまま、またもや森保監督と日本代表メンバーが批判の矢面に立たされる場面も目立つようになる。挙句、開幕以降もドイツ戦、コスタリカ戦、スペイン戦と日程が進むたびに称賛と失望が乱高下するのだから、監督も選手も気の休まる暇はなかったに違いない。

*週刊アサヒ芸能12月15日号掲載

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