ぽかりと予期せぬ空き時間ができた時、あまり気張らない歩き旅を楽しんでいる。そんな〝大人の暇つぶし〟を綴りたい。今回は落語の世界で遊んでみた。
お題は「黄金(こがね)餅」。物語は余命短い貧乏長屋のケチな坊主が貯め込んだ金銀を餅に包めて飲み込み、ポックリ逝くところから始まる。一部始終を覗いていた隣近所の金兵衛は、自分の菩提寺で葬式をあげ、火葬してから腹の〝黄金餅〟を頂戴しようと奮闘する。
噺家の腕の見せどころは長屋の一行が下谷(東京都台東区)から麻布(港区)まで棺桶を運んでいく道順を一気に話す〝言い立て〟だ。五代目古今亭志ん生は合計35ほどの町名や通り名を話し終えたあと、「寺に来た時は随分、みんなくたびれた」と話し、一拍置いて「あたしもくたびれた」と笑わすのが決まりだった。
それでは「オイラもやっぱりくたびれた」とベタなサゲ(落ち)をつけるためだけに、このコースを歩いてみる。
長屋のあった下谷の山崎町は現在の台東区役所近くなので、役所前から出発。上野駅を右側に見て、上野広小路交差点に出たら、中央通りを秋葉原方面へ。
中央通りの旧名は御成道。上野寛永寺は徳川家の菩提寺であり、将軍がこの道を通って墓参したのが名前の由来だ。「黄金餅」では金兵衛の提案で夜中に棺桶を運ぶ。夜とはいえ将軍の御成道を腹黒い男が棺桶を担いで歩くのだから、なかなか風刺がきいている。
まだいるのか〜と驚いたメイドカフェの客引きをかわしつつ秋葉原を抜け、神田川に架かる万世橋を渡る。「黄金餅」に出てくる筋違(すじかい)御門は江戸時代に加賀藩の殿様が建てたもので、ここ神田川南岸にあった。当然、門番もいて、夜中に通行できたかは疑問だが、野暮になるので気にしない。
靖国通りを渡り、JR神田駅を過ぎると、新旧の名建築が続くにぎやかな雰囲気になり、日本橋に到着だ。ご存じのとおり、江戸時代に徳川家康が整備させた五街道の起点で、今も橋の中央に「日本国道路元標」が埋めてある。
魚河岸の記憶を伝える日本橋北東詰の乙姫像を見て石段に座り小休止。ふぅと息を吐くと「くたび‥‥」とサゲの言葉が出そうになった。早い、早い。立ち食い蕎麦屋ながらスパイシーなカレーを食べさせる人気店に駆け込み、小腹を満たしたら後半戦の始まりだ。
内田晃(うちだ・あきら)
自転車での日本一周を機に旅行記者を志す。街道、古道、巡礼道、路地裏など〝歩き取材〟を得意とする。