中国公安当局が「誘拐」「人身売買」906件摘発を突如発表した裏事情とは

 今年1月、中国江蘇省徐州市豊県の小さな村で、女性が鎖につながれた状態で発見され、その動画がSNSに投稿されたことで、中国全土に衝撃が走った。

 女性の夫は8人の子供を持つ父親だったが、動画が拡散すると、SNS上には《子供を産ませるために連れてきたのではないか》《人身売買ではないか》と大騒ぎに。

 だが当初、地方当局は、女性が鎖につながれていた理由を「女性には精神疾患があり、暴力的になることがあったため」と説明。すると、SNS上には「きちんと捜査もせずに虐待を正当化するのか」といった批判の声が相次ぐことになった。

「結局、DNA鑑定により、この女性が徐州市からおよそ2800キロ離れた雲南省の出身であることが判明。夫は軟禁の疑いで、女性を人身売買目的で誘拐したとして男女2人が拘束されることになりました。ただ、中国ではこの手の事件が後を絶たず、警察も本腰を入れていないため、この摘発は世論の後押しあればこそと言われたものです」(中国事情に詳しいジャーナリスト)

 事件を受けて、3月の全国人民代表大会(全人代)で李克強首相が「人身売買事件の厳罰化の必要性」に言及。そして中国公安省は7月25日、今年3月からの集中取り締まりにより、女性や児童の誘拐・人身売買事件で906件を摘発。加えて、長年失踪していた被害者1198人を発見したとする、報告結果を突如発表したのだ。

「児童に関しては、2019年に中国公安部が発表した『児童失踪信息緊急発布プラットフォーム』によると、この年に子どもが失踪した事件は全部で3978件。ただ、そのうち3901件は親元に戻っていて、誘拐は1年で57件。あとは、単純な失踪や家出だと発表しています。にもかかわらず、今回の発表では女性も含め906件もの摘発があったわけです。むろん、今回の一斉摘発は習近平主席続投をにらむ共産党大会を控えた治安対策アピールであることは明らかですが、それにしてもこの数字のひらきは尋常ではない。さっそくSNS上では《どうしてこんなに居なくなっていても問題にして来なかったのか?》《警察は今まで何をしていたのか》《分かっているだけで900件?被害者はいったい一体あと何人いるんだ?》といった声が噴出しています」(同)

 中国では1994年に人身取引を罰するための規則を制定。違法に国境を越え人を輸送すると、2年以上7年以下の有期懲役。 首謀者には7年以上の有期懲役もしくは無期懲役、さらに財産没収という量刑が科される。

 しかし、闇マーケットによる臓器売買目的や男児を望む家庭などが、子どもを金銭で買ったり、逆に子供を売るといったケースが後を絶たないという。

「中国には農村部に限らず都市部でも、いまだに『男の子がいなければ、家が途絶える』『どうしても男の子が欲しい』という価値観をもつ人々が少なくない。そのため、女児を授かっても中絶したり、酷いものでは女児に性的行為を行わせ、金銭を搾取するというケースもありました。しかも誘拐や売買された場合、摘発されても子供たちが解放される例は少ないと言われている。習近平主席も共産党大会前のパフォ—マンスではなく、本腰を入れてこうした女性や子供の人権問題にメスを入れなければ、国家としての世界的評価や政権の安定運営にはつながらないのでは‥‥」(同)

 今後、政権がこの問題にどう取り組むのか、多くの国民の視線が注がれている。

(灯倫太郎)

ライフ