各球団の新人合同自主トレがスタートした。昨秋のドラフトで指名された選手たちにとって、プロ野球選手としての第一歩やね。好きな時に練習できる室内練習場や、最新の器具がそろうウェートルーム、腹一杯食べられるおいしい食事、サウナ付きの大浴場に目を輝かせていると思う。
選手寮の環境面は、僕らの頃とは大違いで、ほんまにうらやましい。阪急ブレーブスの寮「集勇館」は、西宮球場のすぐ近くにあり、僕も2年ぐらいおったかな。4階建てで、2階、3階が主に2軍選手用、4階の広い部屋には長池さんら1軍の選手が入っていた。
思い出すのは部屋の狭さと、夏の暑さ、冬の寒さ。幅2メートルほどのウナギの寝床にベッドがあり、机と椅子、テレビだけの質素な部屋やった。エアコンなんてないから、夏は扇風機、冬は電気ストーブ。大浴場も家風呂を少し大きくしたぐらい。食事も松下電器時代のほうが肉もたくさん出ていてよかった。居心地の悪いのもあって、みんな門限を破って、外に出ていたわ。
寮長は当時の2軍監督が兼任していた。22時頃に点呼があるけど、寮長は朝が早いからすぐに寝る。2階の非常口からコソッと出て、コソッと帰ればいい。僕は要領がよかったから見つかって怒られたことはない。週に3回ぐらいは大阪の自宅に帰っていた。加藤秀司はなぜか門限破りがバレて、寮長によく追いかけ回されていた。
今の選手は快適な寮生活に加えて、球団の管理もしっかりしているから、門限を破るようなルーキーはおらんと思う。「これがプロの世界か」と、最高の環境で夢を膨らませているのと違うかな。それでも、壁はすぐにやってくる。春季キャンプを経験して、オープン戦が終わる頃には「とんでもないところに来てしまった」と実感するはずや。
プロに入ってくる選手は小さい頃から、チームだけでなく、地域で一番うまいと言われていたような選手が多い。プロの世界はそんな選手の集まり。10人入団して、10年やれる選手は1人いるかどうか。僕も先輩たちの練習、プレーを見て自分の力のなさを思い知らされた。そこでどう思うかで、その後の野球人生が変わってくる。「まずは体づくり」とか「プロに慣れて2、3年後に」なんて考えていたら、翌年のルーキーに追い越されるし、先輩にも追いつけない。「先輩たちの何倍も練習して、1日でも早く1軍に上がる」という強い意志がないと生き残れない。
僕の場合はおまけみたいなドラフト7位入団で、ダメ元の気持ちやったから「死にもの狂いで練習してもダメやったら、3年で引退して実家のラーメン屋を継ごう」と決めていた。プロの壁もあって当然と思っていたから逆によかったかもしれん。エリート街道を歩んでドラフト1位で入ってくるような選手のほうが壁の前で戸惑ってしまうと思う。プライドが粉々にされて、全く活躍できずに去っていく選手も少なくない。
まずは自分の長所、短所を知ること。1軍メンバーを見渡して、どうすれば1日も早く首脳陣から必要とされるのか、見極めることが大事。阪神・矢野監督が「終わりの始まり」と新人に訓示したのが話題になっていたけど、ほんまその通りや。一歩目からサバイバル競争の意識を強く持って、後悔のない野球人生を歩んでほしい。
福本豊(ふくもと・ゆたか):1968年に阪急に入団し、通算2543安打、1065盗塁。引退後はオリックスと阪神で打撃コーチ、2軍監督などを歴任。2002年、野球殿堂入り。現在はサンテレビ、ABCラジオ、スポーツ報知で解説。