続・コロナ医療「ナース残酷物語」、最低水準の日当と専門病床数のデタラメ

 今、日本の感染症治療の根幹を揺るがす事態が起きつつある。

 コロナ治療の最前線としてテレビで紹介されることの多い国立国際医療研究センター(東京都新宿区)。新型コロナ患者を日本で最も診ている感染症専門医、忽那賢志氏がコロナ患者を相手に奮闘する姿をご記憶の読者も多いだろう。

 この日本を代表する感染症治療最前線の病院でも、年度末に看護職が大量離職するのではないかと懸念されているのである。

 同センターの看護師が嘆く。

「来年度は看護師の採用人数をかなり増やす方向だと聞きました。今現在、コロナ治療もHIVなど他の感染症治療も看護師が足りず、診療体制に影響が出始めていることもありますが、年度末にいったい何人の看護師がいなくなるのか、読めないのです」

 同センターはSARSや国内初のエボラ出血熱が疑われる例にも対応してきた感染症専門病院。勤務する看護師はわなわなと肩を震わせ、次のように吐露した。

「私を含め、感染症治療に携わりたくて集まってきた看護師ばかりですが、あまりに過酷な院内状況に『いつまで続くんだろう‥‥』とうつろな目をしています。家庭内感染を防ぐため、コロナ患者を診ているのは自分も含めた1人暮らしの看護師が多いのですが、この1年間、1日も熟睡できたことなんてありません。GoToイートで忘年会を開いた、年末年始に大人数で飲食した、という患者さんを診ているうちに、自分がコロナに感染するかもしれない。患者さんのために働いてきたのに、自分がこの部屋で孤独死するかもしれない‥‥。気が付けば、涙を流しています」

 政府の言うとおり、コロナ専門病床は増えるのか。

「増えるどころか、年度末に医療法人の倒産、破綻が相次ぐでしょう」

 と語る西日本の病院長は菅政権への怒りを込めて、深刻な内情を明かした。

「まず、地方自治体が発表しているコロナ専門病床数がデタラメです。書類上、数字の上では感染症病床、ICU病床が空いているように見えますが、現状を反映したものではありません。確かにベッドは空いています。ですが、患者を診る看護師がいません。政府は都市部で新型コロナ重症患者向け病床を新たに設けた病院にベッド1床あたり1950万円、中等度〜軽症者向けには1床あたり900万円の補助金を出すことを決めました。ですが、そんな補助金目当てに重症患者を受け入れる病院はないと思います」

 現役看護師でもある筆者が補足すると、新型コロナ重症患者を受け入れるにあたり、専属医師、人工肺などの医療機器を扱う臨床工学技士、患者の身の回りの世話から掃除消毒までする看護師、コロナ担当看護師に代わり必要物品を調達したり食事を病室に運ぶ看護師‥‥常時6人〜8人の医療スタッフが必要となる。コロナ治療チームはどんなに長くても8時間ごとに交代、コロナ治療にあたった職員はその後、休養と健康観察を要するので、最低でも6人×3交代=24人以上のスタッフを必要とする。

 一般的な病院で、病棟の1フロアに勤務する看護師の人数は24人〜30人。中小の民間病院では20人以下で日勤と夜勤を回しているため、1フロアで1人のコロナ重症患者を診るとしたら、そのフロアに入院している全ての入院患者に転院してもらうか退院してもらわなければ、コロナ診療はできない。1950万円の補助金を1回もらっただけでコロナ重症患者を受け入れることなど、不可能なのだ。

「コロナ患者は入院が長期間にわたり、診れば診るほど病院は赤字になる、風評被害で患者は寄り付かなくなる、命がけで働く医師や看護師、職員の給料は減っていく。こんな理不尽なことはありません。コロナ病床をそう簡単に増やせないことは分かっていたはず。対策が遅すぎました」(西日本の病院長)

 菅内閣はいったい何を見て「コロナ対策予算は十分」と言っているのか。

 さらに、先の戸田中央総合病院のような大病院は、数人のコロナ患者を診るよりも、救命救急医療体制の維持を求められている。

 つまり菅政権が打ち出したコロナ病床の増床は、実現不可能な政策なのだ。その不可能なものを話し合うという、国会の茶番が繰り広げられている。

「重症患者よりも、1床あたり900万円の補助金が出る中等度〜軽症者の受け入れのほうが、中小病院にとっては現実的です。それでもコロナ患者を受け入れたために職員が大量に離職して病院経営が維持できない事態だけは避けたいというのが本音。コロナ患者は受け入れたいが、赤字にならず地域住民と職員が納得できるインセンティブがないと。それを考えるのが政治でしょう」(西日本の病院長)

 政府はなぜ、看護師らコロナ医療従事者をないがしろにし続けるのか。

 時短営業の飲食店には1日6万円の協力金が支給されるが、コロナ患者の治療にあたる派遣看護師の日当は2万円。そしてPCR検査で陽性患者の飛沫を浴びる危険な作業を伴う保健所臨時職員の時給は2000円と、先進国で最低水準だ。

 ちなみに世界で最もコロナ禍が深刻なアメリカは、患者数も医療従事者の待遇も桁違いだと、アメリカ在住の看護師は話す。

「最も給料相場の高いニューヨークでは、コロナ治療にあたる看護師の時給が100ドル(約1万円)という破格の求人募集がありました。勤務時間は長く10時間なのですが、日当は10万円になります。それだけハードな仕事で長続きはしないとも言えますが」

 中国でもコロナ治療にあたる看護師の年俸は、国民平均年収の3倍を保証し、さらに名誉市民としてさまざまな優遇措置を付与されるという。

「救急車に乗っても受け入れ先がないという医療崩壊はすでに始まっていますが、ガン治療も受けられない、自分の街から病院が消えた‥‥という決定的な医療崩壊が始まるのはこれからです。あの時あの国会で審議したGoToトラベルの追加分1兆円をワクチンとコロナ病床拡充に充てておけばよかったと悔やんでも、その頃には日本の医療制度は崩壊しているでしょう」(西日本の病院長)

 そんなXデーが訪れても国会議員は会食をやめず、菅総理は用意された原稿を淡々と読むだけだろう。

(看護師/医療ジャーナリスト・那須優子)

※写真はイメージです

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