地下鉄サリン事件が起こった3月20日には毎年、現場の一つとなった東京メトロ霞ケ関駅で、被害者の慰霊式が行われる。構内に献花台が設けられ、慰霊式の時間帯以外も終日、さまざまな立場の人々が訪れて手を合わせていく。
被害者や遺族にとって忘れることのできないこの日に、上祐氏がひかりの輪の信者やシンパたちを引き連れて旅行に出かけたことがある。ひかりの輪が「聖地巡り」と呼ぶツアーだ。
ひかりの輪は、みずからの団体を「仏教哲学を勉強する教室」「宗教団体ではない」と自称している。しかし実際には瞑想などの実践も行っており、文化教室の類いではない。明らかな宗教団体だ。その中で「聖地巡り」なる行事は、教団の看板である上祐氏が同行する、いわば団体旅行。寺社仏閣などを巡ることもあるが、ハイキングや温泉旅行の場合もある。
16年に開催された福井方面への「聖地巡り」は2泊3日の予定で、2日目が3月20日に当たっていた。しかも、複数の温泉への立ち寄りも予定し、堂々と公式サイトで告知していた。取材を申し込むと、
「3月20日近辺は春分の日との関係で連休になる場合があって参加者が集まりやすいので、過去にもこの日と重なる日程で聖地巡りを実施したことがあります。今年も3連休で、参加者の都合を考えた」
と当時、ひかりの輪の広報担当者は説明していた。
旅行の内容が気になった私は勝手に同行することにした。当日、世田谷区にあるひかりの輪本部から福井まで、信者が乗る車を尾行したのだ。向かった先は永平寺。曹洞宗の中心寺院を訪れた一行は、参拝後に集合写真を撮り、土産物のまんじゅうを食べ歩きするなど楽しげな様子。もちろん上祐氏本人もまんじゅうをほおばって、まるでファンとの交流を楽しむスターのような風格さえ感じさせた。
だが、温泉には入らなかったようだ。事前に週刊誌やネットで批判されたせいだろうか。しかも広報担当者が、霞ケ関駅で献花を済ませたあとに永平寺で合流したと話し、上祐氏らの一行も早朝に福井県内の寺院を借りて、地下鉄サリン事件被害者への慰霊を行ったという。過去に「聖地巡り」と3月20日が重なった際には、旅行先で慰霊を行ってきたことも、広報担当者は付け加えて解説してきた。
そこまで慰霊にこだわるなら、なぜ「聖地巡り」を中止しなかったのか。当時、広報担当者はこう答えた。
「被害者の方への賠償金のための寄付を得る機会でもありますので」
ひかりの輪は設立時から「被害者への賠償」を団体存続の大義名分としている。しかし実際の賠償額は14年以降、毎月25~30万円でしかない。批判の中で行われた「聖地巡り」の月は30万円が支払われ、翌月は25万円と通常どおり。
では、「聖地巡り」でどれほどの収入が得られたのか。宿泊費・温泉料金別の参加費は1人3万7000円。集合写真には29人が写っていた。そこから上祐氏やスタッフを除いた有料参加者を仮に20人とすると、寄付を除いた「売り上げ」だけで74万円になる。一方、ひかりの輪の支出は交通費ぐらいで、教団や信者の車を複数連ねての相乗りだから、きわめて少ない支出で済んだはずだ。なのに、賠償額を大きく増やすことはなかった。
この数字は試算でしかないが、無神経な日程と併せ考えると、本当に事件を反省していると言えるのだろうか。ひかりの輪の元信者は、こう証言する。
「聖地巡り中ではない時の慰霊式に何度も出席したことがありますが、広末晃敏氏(副代表)が司会で黙祷し、あとはお供物のお菓子をみんなで食べる程度のものです。上祐氏は黙祷が終わる頃に登場して講話をするだけで、黙祷に参加しないことさえありました」
藤倉善郎(ジャーナリスト)