前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~アメリカンスクールは何をしているのか?~

 文藝春秋社から出版された垂秀夫前中国大使の回想録「日中外交秘録」を興味深く読んだ。
垂大使は外務省では私の一期後輩にあたる。本書でも言及されているとおり、1990年代末に香港の総領事館で肩を並べて一緒に汗を流した仲だ。外務省チャイナスクールの中では希少価値の「モノ言う大使」。その活躍の有様が生き生きと活写されている貴重な記録を読み進める中で私の興味を引いたのは、「アメリカンスクール」に対する忌憚のない批判だった。

 ことは尖閣諸島問題に関わる。

 大東亜戦争後、沖縄返還に至るまでの長い期間、米国は尖閣諸島についても施政権を行使してきた。のみならず、尖閣諸島のうちの久場島、大正島においては米軍が射爆訓練を実施して経緯がある。にもかかわらず、米国国務省法律顧問たちは他国の領土問題に巻き込まれることを回避するとの一般論と対中配慮に基づき、「尖閣諸島の領有権の問題については立場をとらない」との蒟蒻問答を繰り返してきた。驚愕すべき事実だ。日本の施政の下にあるので、日米安保条約第5条(対日防衛義務)が適用されることは認めつつも、「日本の領土だ」と明言していないのだ。垂大使が「裏切り」と呼ぶのももっともなのだ。

 垂大使の批判は容赦ない。「外務省のメインストリームはアメリカンスクールで占められている」とし、「これまで日本の歴代政権も外務省のアメリカンスクールも、アメリカの『裏切り』に異を唱えてこなかった。」「外務省アメリカンスクールが、安倍氏に『尖閣問題の本質は、じつはアメリカ問題です。トランプ大統領を説得して、トップダウンで国務省を動かすしかないのです』ときちんと説明していれば、違った展開になったかもしれない。」と力説。

 異論はない。同時に、アメリカンスクールやチャイナスクールなどという小さな井戸の違いを越えて、外務省、ひいては日本政府全体の問題意識の欠如こそ、元凶として指摘すべきだろう。

 アメリカンスクールの一員としてコロンビア大学で研修し、在米大使館勤務、北米二課長、経済局長ポストなどを通じてアメリカとどっぷりと向き合ってきた私からすれば、もっと根源的な問題がある。

 アメリカにあって深く人脈を構築し、情報を収集・分析し、さらには日本の主張を説得力をもって展開するという、外交官としての基本動作がおろそかになっている現状だ。

 私の15期ほど上の先輩から外務省の主流にありながら大使ポストを敬遠する外務官僚が出世してきた。多くがアメリカンスクール。だが、英語力に難があり、米国社会に打って出る積極性と愛嬌に欠けるせいか、在外勤務を忌避し、本省での栄達に固執するタイプだ。これでは、存在感をもって外交の主戦場たる在外で「違い」を出すには程遠くなる。かつて牛場信彦大使が「戦艦牛場」と称され、加藤良三大使が今なお米国人から親しみを込めて言及されるのとは雲泥の差だ。

 トランプ政権との関税交渉が暗礁に乗り上げている今、駐米大使が米国メディアに盛んに登場して日本の立場を訴えて欲しいものだが、山田重夫大使の顔も名前も日米双方で知られていない。

 逃げる首相の下で、引き籠る外務官僚。垂大使の指摘以上に遥かに深刻な問題が日本の外交当局を覆っている。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年駐豪大使に就任。23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)、「超辛口!『日中外交』」(Hanada新書)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)、「媚中 その驚愕の『真実』」(ワック)等がある。

※本連載は次回から「アサ芸プラス」(https://www.asagei.com/)での掲載となります。

ライフ