前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~「軍事的手段」への忌避感~

 イスラエルによるイランの核関連施設等に対する攻撃を受けて岩屋外務大臣が発出した談話(6月13日付)を見て、既視感(デジャブ―)に捉われた識者が多かったのではないか?

「イランの核問題の平和的解決に向けた外交努力が継続している中、軍事的手段が用いられたことは到底許容できず、極めて遺憾であり、今回の行動を強く非難します」と、大上段に振りかぶった岩屋外相。「軍事」にネガティブに条件反射する戦後平和ボケの典型だ。

“遺憾砲”を打ち続けてきた「岸破」政権として、「遺憾」にとどまらずに「到底許容できず」「強く非難する」とまで述べるのは実に稀有だ。日本の排他的経済水域に中国の弾道ミサイルが撃ち込まれた時や、中国深圳で10歳の日本人少年がメッタ刺しに遭って惨殺された時にこそ、ふさわしい表現だろう。

 G7諸国の中でもひときわ突出した反応だった。

「なぜ日本がイスラエル批判の先頭に立つのか?」

 中東地域のある穏健国の駐日大使は私にこう述べ、「勇み足」を諫めてきた。

 石破政権がお花畑の戦後平和主義に引きずられていることを如実に示した談話だった。案の定、同盟国アメリカが参戦すると、岩屋談話は完全に様相を変えた。

「引き続き重大な関心をもって状況の推移を注視」するとして距離を置きつつも、「イランによる核兵器開発は決して許されないとの立場から、イランの核問題を真剣に懸念」として矛先をイスラエルからイランに転じた。そして、「今回の米国の対応は、事態の早期鎮静化を求めつつイランの核兵器保有を阻止するという決意を示したものと承知しています」と完全にトーンを逆転させたのだ(6月23日付談話)

 英語で「フリップ・フロップ(二転三転)」という表現があるが、まさにその教科書的事例だった。

 イスラエル、アメリカの攻撃によって果たして日本の国益が害されたのか?こうした問いかけさえあれば、恥ずかしい右往左往は防げたのではないか?

 ものには経緯がある。そもそも、イランが原子力の平和利用とは無縁のウラン高濃縮を止めていれば武力行使には至らなかった筈だ。国際原子力機関の厳密な査察を長年にわたり受け入れ、原発に必要なウランの低濃縮を厳守している日本こそ、イランを諫めるべき立場にあった。「法の支配」というなら、核不拡散体制の下でのイランの行動が問われるべきだろう。

 イスラム革命後、イスラエルを悪魔化し、国家として地上から抹殺するとまで述べてきたイラン。「武力攻撃の発生」がないことをもって国際法上適法な自衛権の行使とは言えないとする教科書通りの法的判断にとどまっていては、国際法を勉強し始めた学生と何ら変わりない。日本が直面している問題は、主権国家として国際社会で何を実現していくかという問いかけなのだ。

 振り返れば1990年代前半、北朝鮮の核開発に直面しながら「サージカル・ストライク」は憚られ、北の開発に歯止めがかかることはなかった。こうした反省があれば、イスラエルの攻撃に対する初動の反応も違ったものになっていたのではないか?

 問題は最高責任者の石破首相にある。米国の爆撃に対する反応を問われた時に、「これから政府内できちんと議論する」「確定的な法的評価を下すことは困難」などと、外務省国際法局の課長のようなコメントにとどまった。

 一国の宰相に求められる歴史観、国家観が開陳されることはなかった。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年駐豪大使に就任。23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)、「超辛口!『日中外交』」(Hanada新書)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)、「媚中 その驚愕の『真実』」(ワック)等がある。

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