北朝鮮には、韓国の映像物流布者を死刑に処し、視聴者は最大懲役15年の刑を受ける、と規定した「反動思想文化排撃法」(2020年12月制定)という法律がある。そのため、ここ数年、韓国の図書や歌、写真などを閲覧、所持、さらにはそれを広めたとして、多くの国民が当局によって処罰されるという事案が続出。直近では今年7月、韓国の脱北者団体が飛ばした対北朝鮮チラシの中のUSBに入った韓国ドラマを閲覧したとの理由で、北朝鮮の中学生約30人に対し、大規模な公開処刑にが行われたと韓国のTV局「テレビ朝鮮」が報じ、世界に衝撃が走った。北朝鮮ウォッチャーの話。
「実は北朝鮮では6月にも、同様の理由で17歳前後の少年ら約30人に死刑と無期懲役を言い渡したと報じられています。ただ、これはあくまで韓国メディアが把握しているだけの事案。5月から始まった大規模風船攻撃で、おそらく処罰対象は、その数倍、いや数十倍に膨れ上がっている可能性もある。なかには、対北朝鮮団体が海に流した『コメ入りペットボトル』を拾い、それを炊いて食べたことがバレて即刻収容所送りになり労働教化刑を下された男性もいるのだとか。この法律には『南朝鮮語調や唱法を使えば2年の労働教化刑(懲役)に処する』との条項があり、『アパ(パパ)』『セム(先生)』と口走っただけで、2年間刑務所暮らしをしなければならないというんですからね、本当に恐ろしいかぎりです」
むろんこの法律制定の裏には、韓国の文化流入を防ぐ目的があるのだが、近年はインドなどの映像物も含まれるようになり、5月末には、これまで年締まり対象になっていなかった中国の映画・ドラマなどの録画物にも突如、この法律が適応されることになった、と28日付のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じ、波紋が広がっている。
RFAによれば、北朝鮮当局によって視聴禁止目録に加わったのは、中国の「梁山伯与祝英台」「男の魅力」ほか、「上海に来た男」「武芸戦」「刑事警察」などの人気作品。
「これらの映画やドラマのほとんどは、中国国内か香港で制作された作品で、以前は北朝鮮国内でも普通に鑑賞可能だったものばかりです。これらの作品が突如、韓国映画やドラマ同様『不純録画物』に指定されたことに、市民の間では動揺が広がっているようです」(同)
いったいなぜ、北朝鮮は突然、中国映像物締め出しすることになったのか。理由の一つには、「自国にはない、きらびやかな映像を見せることで市民に憧れ持たせ、脱北したいという気持ちを促すかもしれない危険を排除したいからでは」との専門家の声もあるが、
「もう一つが、やはり昨年来のロシアとの蜜月ぶりにあるとする専門家もいます。これまで北朝鮮は中国というバックボーンがなければ国として成り立たなかった。ところがロシアとの関係が深まったことで、中国に100%依存しなくてもいいようになり、言えなかったものが言えるようになった。そんな現れの一つが今回の映像物締め出しなのでは、といった指摘もあるようです」(同)
さらに憶測として飛び交う情報の中には、金正恩総書記が、政治的求心力の低下が噂される習近平国家主席との間に距離を取り始めたのでは、という仰天説も浮上している。
「実は、習氏は8月19日に訪中したベトナムのトー・ラム共産党書記長との会談で、久々表舞台に登場したものの、7月30日からの20日間、一切公の場に全く姿を見せなかった。そのため国内では健康不安説が囁かれていました。というのも、習氏には以前から脳動脈瘤説があり、事実であれば悪化した場合、脳内出血で大変な事態に陥る可能性も否定できない。しかし、一説には多忙を極める習氏は頑なに手術を拒否、漢方薬のみの治療で凌いでいるというんです。ただ、近年はカメラの前で転びそうになったり、顔色が明らかにすぐれないことがあるのも事実で、さまざまな憶測が広がっているようです」(同)
そんな憶測が、正恩氏を「ポスト習近平」探しに動かしているというのだが、さすがにそれは飛躍し過ぎの感もある。ただ、これまで完全スルーだった中国の映像物を、所持すれば死刑という法律の対象にしたことの意味は大きいはず。真相は不明だが、ロシアとの蜜月で北朝鮮と中国との間に微妙な距離感が生まれていることだけは間違いなさそうだ。
(灯倫太郎)