「私が福州勤務時期、福州に琉球館や琉球墓があり、沖縄との交流の源流が非常に深いことを知った。当時、福建の36の姓を持つ人々が沖縄に入ったこともある」
6月1日、北京の北40キロにある燕山の麓に完成した古跡保管所「中国国家版本館中央総館」を視察中、中国の習近平主席が突然、琉球、つまり沖縄について冒頭のように発言した。4日付の中国共産党機関紙「人民日報」が1面トップで報道したもので、この発言の真意をめぐってさまざまな憶測が広がっている。
習氏が言及した「琉球館」とは、明朝から清朝末期まで琉球国が中国へ朝貢する拠点として用いられた建物で、正式名称は「進貢廠柔遠駅」。
「当初は泉州に置かれ、『来遠駅』と呼ばれたのですが、1469年に福州に移転。そこで『柔遠駅』、あるいは『福州琉球館』と呼ばれるようになった。いわば琉球における中国への窓口として、廃藩置県によって沖縄県になるまで置かれていたとされています」(沖縄史に詳しいジャーナリスト)
習氏がそんな「琉球館」を引き合いに出した背景には、7月に予定されている、玉城デニー沖縄県知事の訪中が念頭にあるというのが衆目の一致するところだ。しかしその一方で、同氏がメディアを通じて公に沖縄について語ることは非常に珍しいことから、SNS上では、《尖閣の領有権主張を巡ってのけん制では》《またまた沖縄は中国の属国議論再燃か》といった声が噴出している。さらに中国でも、
「中国の国粋主義者の中には、中国には南西諸島の領有権を主張する正当性があるという考え方が、長年存在します。その証拠に、中国で最近起きる反日デモでは『琉球奪還』『沖縄を取り戻せ』といったメッセージを掲げる参加者も少なくないのです。つまり、中国の中には現在も、沖縄を中国の属国とみなしている人々が一定数いるということです」(前出・ジャーナリスト)
そうした状況下での習氏の発言とあって、香港新聞や香港星島日報などの親中メディアは、「琉球は明・清時代には中国の藩属国だった」「その地位について再議論する必要がある」などとこぞって報道した。
「とはいえ、玉城知事は個人ホームページにも沖縄普天間米軍飛行場の辺野古浜辺移転に反対する動画を掲載するなど、台湾から最も近い米軍の沖縄基地拡張移転に反対している要人です。当然、7月の北京訪問の際には歓迎ムード一色となるはず。そう考えると、習氏が『中国国家版本館』視察の際に、琉球というキーワードを出したのは、国民に沖縄に対する関心を高めたいという思惑があったのかもしれません。ところが、それが人民日報で報じられ、親中メディアで『属国論』が再燃してしまった。習氏としては複雑な心境かもしれませんね」(前出・ジャーナリスト)
何気なく発せられた単なる思い出話だったのか、あるいは権謀術数に長けた老獪な政治家の深謀遠慮なのか。いずれにせよ、習氏のほんのひと言に日本と中国が大いに振り回されてしまったようだ。
(灯倫太郎)