香港はかつて、自由と自治を象徴する国際都市として知られていた。しかし、2019年から20年にかけての激しい抗議デモを経て、香港の風景は一変した。中国政府の強硬な姿勢と国家安全維持法(国安法)の施行により、香港は急速に「中国化」し、かつての自由な言論や反政府の声はほぼ完全に封じ込められた。この変貌は、香港市民だけでなく、遠く離れた台湾の人々にとって深刻な警告となっている。
19年、香港で逃亡犯条例改正案を巡る抗議デモが勃発した。民主派や若者を中心に、数百万人が街頭に繰り出し、自由と自治の維持を求めた。しかし、中国政府はこれを「国家の安全に対する脅威」とみなし、20年に国安法を導入。言論の自由や集会の自由が厳しく制限され、民主派の活動家やメディア関係者が次々と逮捕された。主要な民主派新聞『蘋果日報(アップル・デイリー)』は閉鎖に追い込まれ、民主派の政治家は国外逃亡か拘束かの二択を迫られた。
現在、香港では反中国的な意見を公に表明することは事実上不可能である。街頭でのデモは姿を消し、かつての「一国二制度」の精神は形骸化した。中国本土からの移住者が増え、香港の人口構成も変化している。一方で、自由を求めた香港市民の多くは英国、カナダ、オーストラリアなどへ移住し、香港のアイデンティティは薄れつつある。この状況は、中国政府が意図した「完徹する香港の中国化」の結果である。
この香港の変貌を最も恐れているのは、間違いなく台湾市民である。台湾は中国と地理的・歴史的に近く、習近平政権が「一つの中国」原則の下、台湾の統一を長期的な目標として掲げていることは周知の事実だ。習近平国家主席は、香港の「一国二制度」を台湾統一のモデルとして提示してきたが、香港の現状は台湾市民にとって「中国化」の恐ろしい結末を示している。
特に、台湾の若者層は香港の状況に強い危機感を抱いている。19年の香港デモは、台湾の「まわり運動」(14年)と共通する価値観、つまり、自由、民主主義、自治を背景にしていた。香港の若者が自由を求めて闘い、敗北した姿は、台湾の若者にとって自分たちの未来を映す鏡である。ソーシャルメディアや公開討論では、「香港の今日は台湾の明日」というフレーズが頻繁に使われ、警鐘が鳴らされている。
香港の中国化は、国際社会にも波紋を広げている。米国や欧州連合は国安法に対し制裁を科したが、中国の影響力拡大を止めるには至っていない。台湾に関しては、米国が武器供与や外交的支援を強化しているが、中国の軍事力増強や経済的圧力に対抗する明確な戦略はまだ不透明だ。
台湾市民にとって、香港の現状は「中国による支配」の最悪のシナリオを体現している。習近平政権が台湾に対し、香港と同様の手法を用いる可能性は否定できない。実際、中国は台湾周辺での軍事演習を繰り返し、統一への圧力を強めている。台湾市民は、香港の自由が失われた過程を目の当たりにし、民主主義を守るための団結と国際的な支援の必要性を痛感している。
(北島豊)