前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~反米と親米~

 先日、旧知のジャーナリストから指摘された。

「山上さんの著書を読んで共感している人の多くは反米保守だ」

 40年近くに及ぶ交友なので、そうした指摘が一部の外務省OBの間にあるという忠告のようだった。

 自民党に限らず、自らを「保守本流」に位置付けたくて仕方ない人々がいる。自分達の主張こそ「親米保守」、そこから右に外れた者は「反米保守」とのレッテル貼りを安易にしたがる傾向が看取される。

 彼らのリトマス紙は歴史認識問題だ。

 拙著「日本外交の劣化 再生への道」(文藝春秋)で詳述したが、「戦後の日本は東京裁判を受け入れて始まった」という物の見方が、「親米保守」派の出発点だ。無謀な戦争をした日本が反省し、日米同盟の下で「軽武装、経済重視」を追及し、中国との友好的な関係構築にも汗をかいてこそ「保守本流」との自己認識。左振れした戦後知識人ならではの自惚れに他ならない。東京裁判史観の枠内にとどまっていれば親米保守、それに弓を引けば反米保守というのは、手前味噌の勝手な線引きだ。

 実際、私は色々な講演、インタビューに応じてきたが、「反米」と思しき人々に出会った記憶はない。アメリカについての話題が熱を帯びるとすれば、それは米国政府に対してしっかり物申すことを躊躇ってきた日本政府に対する不満だった。

 むしろ、占領期のウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム、とりわけその下で占領軍、東京裁判、原爆投下、東京大空襲などに対する批判を封じ込められ厳しく検閲された事実、そして占領が終了した遥か後にあっても、こうした検閲を拡大し、日本の言論空間を狭めてきた愚挙こそ、批判的に検証すべき時期だ。

 いったい、「親米保守」を気取る輩の念頭にある「米」とは、どのアメリカなのか?

 占領政策を推し進めてきたケーディスのような民主党左派が仕切るアメリカであっても、非軍事目標たる東京で無辜の市民を焼夷弾で焼き尽くした大空襲を指揮したルメイ空軍元帥のアメリカであってもなるまい。

 一部アメリカ人にとって耳障りの良いことを言い続けるか否かを親米、反米のメルクマールとすれば、そのこと自体は「媚米」に他ならない。

 日米戦争について言えば、戦後和解はとうの昔に達成された。オバマ大統領が広島の平和記念公園に出向いて原爆犠牲者を追悼しただけでなく、広島でのG7サミットにはバイデン大統領も出席した。在日米軍幹部による靖国神社参拝は珍しくなくなった。ルビオ国務長官は靖国参拝についてアメリカが云々すべきではないとの立場だ。

 こうした流れを俯瞰すれば、「アメリカを刺激してはいけない」とばかりに知的怯懦の殻に籠るべき時ではない。今や日米が直面している戦略的挑戦は中国の台頭であり、これが一丁目一番地の問題だ。米国の圧倒的な軍事力・情報力、今なお世界に冠たる政治力・経済力、そして世界中から人をひきつけてやまないソフトパワーを日本の国益実現の為に如何に上手に使っていくか?これこそが日本にとって問われるべき課題であって、親米・反米といった単純な二元論ではない筈だ。

 ジャパン・ファーストに立って日米同盟を日本の国益、そして地域の平和と繁栄の為に最大限に活用していく。これは決して反米ではない。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年オーストラリア日本国特命全権大使に就任。23年末に退官。同志社大学特別客員教授(25年4月から)等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)、「超辛口!『日中外交』」(Hanada新書)がある。

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