昨年3月、国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が発行されて以来、初めてICC加盟国であるモンゴルへ訪問したロシアのプーチン大統領。そのプーチン氏がモンゴル訪問を前にした8月30日、ウクライナ外務省は「モンゴル政府には、プーチンが戦争犯罪人であるという事実を認識してもらいたい。拘束力を有する国際逮捕状を執行し、プーチンをハーグのICCに移送するよう求める」と、同氏の逮捕・移送を要請した。
しかしプーチン氏は9月2日、何事もなかったかのようにモンゴルの首都ウランバートルに到着。空港では外相らの歓迎を受け、翌3日にはフレルスフ大統領と会談したことが現地メディアにより報じられた。全国紙国際部記者が説明する。
「東西冷戦時代、モンゴルは旧ソ連の影響下にあったものの、1991年のソ連崩壊後は努めて隣国であるロシアと中国との友好関係維持に力を注いできました。そのためICCには加盟しているものの、ロシアによるウクライナへの侵攻については当初から非難しておらず、国連総会での対ロシア非難決議採択も棄権するスタンスをとり続けています。プーチン氏の訪問に先立ち、クレムリンのペスコフ報道官が、『心配はない。モンゴルの友人たちとは多くの対話を重ねている』と発言していたのには、そんな背景があったからなんです」(同)
そして、予想通りモンゴル政府により同氏の逮捕・拘留が実現することはなかったわけだが、そもそもICCがプーチン氏に逮捕状を出したのは、ロシアが侵攻中のウクライナからの子どもの連れ去りに関与した戦争犯罪の疑いがある、というのがその理由だ。
ところが、そんなプーチン氏はモンゴルに立つ前日の2日、東シベリア・トゥバ共和国の中学校を訪問。多くの子供たちと歓談し、会話の中では「私の家族の子どもたちは中国語も話す。しかも流暢だ」と、突然「孫自慢」も飛び出すなど、めったに家族のことを話さない同氏が上機嫌で家族の話をしたと、現地メディアが大きく伝えた。
「プーチン氏と前妻のリュドミラ氏との間に2人の娘がいますが、娘たちはロシア語のほか英語、ドイツ語、フランス語も堪能だとされます。ロシア・メディアによれば、プーチン氏には少なくとも3人の孫がいて、2017年には毎年恒例となっている国民の質問に答えるテレビ番組中で『孫については、1人はすでに幼稚園に通っている。分かってほしいのは、私は孫たちに王子のように育ってほしくはないということ。普通の人のように育ってほしい』と発言したことが話題になったこともあります。ただ、基本、同氏の口から家族のことが語られることはほとんどありません」(同)
そんなことから、今回の出国前に中学校を訪問し、あえて「流暢な中国語も話す」と語ることで、中国との関係を強調したのでは、という見方もできる。
「冷戦が終わって以降、中国はモンゴルの最大の貿易相手国となり、多くの中国企業がモンゴルで事業を展開しています。つまり、プーチンとしては訪問前に中国を引き合いに出すことで、モンゴル側に対し『間違っても自分を逮捕するようなことはするなよ!そんなことをしたらお前らと中国との関係も終わりになるぞ!』と釘を刺した、とも考えられます。何事に対しても用意周到なプーチン氏のこと。理由もなしに突然孫の自慢話をすることなど考えられないことから、そんな憶測も広がっています」(同)
プーチン氏は逮捕されないまま4日に帰国。米ニュースサイト「ポリティコ」では、モンゴル政府の報道官が逮捕しなかったことについて「モンゴルはあらゆる外交関係において常に中立政策を維持している」と説明したと報じているが、実際のところはどうだったのか…。
(灯倫太郎)