江上剛が選ぶ「今週のイチ推し!」死後は無間地獄に堕ちる!? 伝説の鐘に纏わる時代小説

 遠州小夜の中山の観音寺の梵鐘でその鐘をついた者は、現世では富貴に恵まれるが、来世は無間地獄に堕ち、その上、子供も現世で地獄に堕ちるという呪いに苦しめられるという。それにもかかわらず、欲深い人々が列をなし、鐘をついた。ついに、人間のあさましさに嫌気がさした住職は、鐘を井戸の奥深くに沈めてしまったという。これは、著者の創作かと思っていたが「遠州七不思議」の一つとして語り継がれている話だった。

 この「無間の鐘」を小さくした物を持ち歩く修験者の十三童子が、ある岬の小屋を訪れた。そこには船が難破し、避難していた12人の水主がいた。物語は、十三童子が、彼らに「無間の鐘」をついた者たちの運命を語って聞かせる。

「親孝行の鐘」「噓の鐘」「黄泉比良坂の鐘」「慈悲の鐘」「真実の鐘」そして「無間の鐘」の6話である。それぞれが独立した話なのかと思いきや、最後に「あっ」と驚く仕掛けが用意されている。

「親孝行の鐘」では、廻船問屋・大黒屋平右衛門の次男が「金持ちになりたい」と鐘をつく。彼は、吉原の花魁に入れあげ一文なしになる。しかし、鐘をついたおかげで金貸しで成功する。鐘の呪いはどうなるのか?

「噓の鐘」では、錺職人の勘治が鐘をつく。彼は父親の佐吉の横暴に泣かされていた。父親の死を望み、鐘をつく。その結果、父親は死ぬ。彼は祖父の久兵衛から技を伝授され、立派な錺職人になるのだが、果たして鐘の呪いは? 本当に彼が鐘をついたのか?

「無間の鐘」は、それまでの5話の因縁が全て結実する怒濤の結末が待っている。鐘をつくのは、悪党・三光鼠と伊蔵。彼らは幕府の御用金を盗むために船に乗り込んでいた。果たして伊蔵は鐘の呪いから逃れ、多額の御用金を手に入れることができるのか?

 実は、十三童子は父親と知らず父親を殺し、その時、一緒に殺されたのは、父親を同じくする少女だった。まさにこの世の地獄である。この罪の結果、十三童子は、死ぬこともできず、この世を無間地獄のようにさまようのだった。少女は十三童子の犠牲となり、死んではまた生まれ変わる。

「無間の鐘」でも、十三童子の代わりに少女の意外な生まれ変わりが犠牲となるのだが、この2人こそ、この世の地獄を見続けているのである。十三童子と少女の旅はいつ終わるのか。いつ成仏できるのか。「この世から欲がなくなれば、旅は終わります」と十三童子は言うが、そんな日が来ることはないだろう。鐘をついた者が、善人であろうが悪人であろうが、鐘の呪いに苦しめられるのではないだろうか。

 少しネタバレになってしまうが、心正しき者が、不幸になることはないことだけは申し添えておく。

《「無間の鐘」高瀬乃一・著/2090円(講談社)》

江上剛(えがみ・ごう)54年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒。旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)を経て02年に「非情銀行」でデビュー。10年、日本振興銀行の経営破綻に際して代表執行役社長として混乱の収拾にあたる。「翼、ふたたび」など著書多数。

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