永江朗「ベストセラーを読み解く」泥船の日本と心中するのはイヤ 激増する「海外移住」の現実!

 海外に移住する日本人が珍しくなくなった。ひと昔前までは、海外移住というと、音楽や美術などの特別な才能を伸ばしたり活かしたりするためや、学術の研究や専門能力を発揮するため、あるいは結婚によってという理由が多かった。

 しかし本書を読むと、いま海外に移住する人の事情は、かつてと大きく違っている。この本は朝日新聞で連載されて大きな反響を呼んだ「わたしが日本を出た理由」を基にしたノンフィクションである。

 実際に海外移住した人が数多く登場する。移住に至るまでの事情は、さまざまだが、単なる海外への憧れや「夢を叶えたい」といった曖昧な動機ではないことが共通している。もっと切実な「このまま日本にいたのではダメになる」という切迫感を誰もが抱いているのだ。現実問題として移住は簡単ではない。お金もかかるし、言葉や文化の違いもある。それでも彼らを決意させたのは何か。

 典型的なのは第1章に登場するカナダに渡った看護師と元教員だろう。

 看護師は大学で看護師資格を取得し、公立病院に13年間勤めた。オーストラリアの病院での研修に派遣され、日本の医療現場との違いに驚いた。労働時間や給料など待遇面だけではない。看護師という職業についての考え方、労働というものについての考え方が違う。日本のダメなところ、そして改善を拒絶する閉塞感に気づいた。彼女は幼い娘とカナダに渡り、カレッジで学んで国家資格を取り、カナダの病院で働いている。

 元教員の女性は、日本の公立小学校に8年間勤めた。初任地では上司からパワハラを受けて休職に追い込まれた。受け持ったクラスが学級崩壊すると、問題児の親からは責め立てられ、上司からは「自分でどうにかしなさい」と突き放された。彼女は言う。「わたしの経験やスキルの不足もあったと思う。でも、失敗した人を助けずに、自己責任だと言って排除するような教育現場でいいのでしょうか」。いま彼女はカナダで保育士として働いている。

 医療現場も教育現場も、日本では働く人を大切にしない。若い教員を助けない日本の学校は、子供の教育の場としていいはずがない。日本の教育に絶望して、子供のためにマレーシアに渡った人も登場する。実は海外のインターナショナルスクールを選ぶ親たちは少なくないのだという。

 新聞連載のタイトルは「わたしが日本を出た理由」だった。しかし、彼らは「出た」というより「棄てた」のだ。働く人を大切にしない日本、子供たちを大切にしない日本。困っている人たちや少数者に冷たく、変化を望まない日本社会。そんな泥船日本と心中するのはごめんだと、意欲ある若者たちは日本を棄てて出ていく。

 もちろん移住した人、すべてが成功するわけではない。言葉や生活習慣の壁もある。なじめずに帰ってくる人もいる。それでも日本を棄てる人は、これからも増えるだろう。

《「ルポ 若者流出」朝日新聞「わたしが日本を出た理由」取材班・著/990円(朝日新書)》

永江朗(ながえ・あきら):書評家・コラムニスト 58年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。

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