本書は、今年のノーベル経済学賞を受賞した経済学者たちによるものである。
受賞理由は「国家間の繁栄の差は、社会制度の根強い違いが重要な原因になることを明らかにした」からだ。
この本のテーマは、世界の裕福な国々と貧しい国々とを隔てる、収入と生活水準の巨大な格差だ。
フェンスの北側(アメリカ・アリゾナ州ノガレス)と南側(メキシコ・ソノラ州ノガレス)との貧富の差が書き出しで描かれる。2つの町は、環境も歴史も文化も同じであるにもかかわらず、格差が生まれたのは北側がアメリカの経済制度の下にあるからだという。
なぜこの制度が経済格差に寄与するのだろうか。この疑問を、歴史、地域、国家の事例によって解き明かしていく。著者は「国家間の格差は、地理や文化や無知から生まれるのではない。それは、権力者が故意に貧困を生み出す選択をするからだ。従って、経済学はもっと政治を理解しなければならない」と提言する。
本書では日本の明治維新にも触れる。日本は、明治維新を断行することで、徳川幕府による特定の層による権力が集中する収奪的な国家から、中央集権化されている包括的な国家に急速に移行した。その結果、他のアジアの国に先んじて豊かになったのである。
ではなぜ豊かさを求めるなら、どの国も包括的な経済制度を採用しないのか。彼らはアフリカや南米、北朝鮮などの衰退する国家の事例を通じて「国家が経済的に衰退する原因は、収奪制度にある」と結論づける。
包括的であれば特定の権力者の横暴を制限し、収奪的な富の集中を避けることが可能で、持続的な成長を成し遂げ、豊かな国家になるというのだ。そのために「旧弊を打破する」ことが重要であると説く。さらに「国家は包括的であれば、持続的に繁栄することができる。そのためには権限移譲を進め、メディアが批判を展開し、独裁権力が収奪的になることを阻止しなければならない」とも説く。
最終章では包括的になり、経済成長を遂げた中国が収奪的になったことに触れている。今日の中国経済の低迷は、彼らの理論の正しさを証明しているのだろう。
今、中国、ロシア、北朝鮮など収奪的国家が国際社会を脅かしている。また、最も包括的であるはずのアメリカでは、富の集中が進み、民主主義の基盤が崩れつつある。トランプ大統領の再選で、アメリカの分断は修復し難い状況になるかもしれない。
このような国際状況に危機感を抱いた選考委員会が、著者たちを顕彰することで、私たちに包括的であること、すなわち民主主義の重要性を、気づかせようとしているのではないだろうか。
《「国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源 上・下」ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン・著 鬼澤忍・訳/各1540円(ハヤカワ文庫)》
江上剛(えがみ・ごう)54年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒。旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)を経て02年に「非情銀行」でデビュー。10年、日本振興銀行の経営破綻に際して代表執行役社長として混乱の収拾にあたる。「翼、ふたたび」など著書多数。