数年前には違法薬物も…有名ミュージシャンが交際女性に暴力をふるった理由

 大学在学中から注目を集めた有名ミュージシャンが、交際女性に暴力をふるったとして、傷害の容疑で逮捕されていた。男には違法薬物で逮捕された過去も…。異例とも言える情状証人の証言から、求刑、そして判決まで、お笑い芸人で裁判ウォッチャーの阿曽山大噴火がリポートする。

 数年前に東京地裁で違法薬物の裁判の被告人として被告人席に座っていたミュージシャンは、今回全く違う罪名の刑事裁判で再び東京地裁にやって来たのでした。

 まずは今年の9月7日に行われた初公判から。

〈罪名:傷害 被告人:20代の住居不定の男性〉

 起訴されたのは、今年の5月に東京都内の被害女性宅で、被告人が被害女性(36)の髪の毛をつかんで頭を壁に叩きつけ、さらに被害女性の頭を床に叩きつけて全治3週間のケガを負わせたという内容です。

 検察官の冒頭陳述によると、被告人は大学在学中に映像や音楽の活動をしていたとのこと。被害女性とは去年の1月から交際し、今年の春頃から同棲するようになったそうです。被告人はお互いのことで思い通りにいかないと度々被害女性に暴力を振るったり、物を投げつけたりしていたという。

 そして犯行前日。被告人は被害女性から別れ話をされたものの、納得できずにいたという。そして2人で部屋に戻り音楽を聴いていると、突然被告人はスピーカーを床に落としたという。被害女性が「物壊したら終わりだよ」と言うと、被告人は激高して被害女性の髪の毛をつかんで壁や床に叩きつけた、というのが事件の流れになります。

 被告人と被害女性は一緒に暮らしていたという交際関係にあったけど、事件後に別れたので被告人の現住所が住居不定という扱いだったようです。そして法廷には、建設会社の社長さんが情状証人として出廷です。

弁護人「お仕事は?」

証人「建設会社を経営しております」

弁護人「被告人とはいつからの知り合いですか?」

証人「今日が初対面です。社員からの紹介で『音楽関係の後輩なんですが働けませんか?』という話があって」

 なんと、一度も会った事のない被告人のために東京地裁までやって来て法廷に立っている社長さんなのです。こんな不景気な中で面接もなく働かせてくれるなんて。それにしても法廷で初めましてという情状証人のパターンがあるんですね。

弁護人「被告人のことは知ってました?」

証人「はい。息子がそういうのが好きでビデオをよく見てたので、私も見て知ってました」

 なんと、ミュージシャンとしての活動は知っていて、社員からの紹介もあって雇うことを決めたそうです。人生なにが繋がるか分からないものですね。

弁護人「罪を犯した人でも受け入れてくれるんですか?」

証人「人を区別するというのは考えていなくって、しっかり働いて欲しいので。助けになればと。毎朝顔を見合わせることになるので、様子がおかしかったら声掛けしようと思っています」

 良い社長さんと巡り会えて良かったですね。もちろん、前刑の違法薬物の報道も知ってるけど真面目に働いて再犯しなければ大丈夫と思っているそうです。人生は人との出会いで良い方にも悪い方にもガラッと変わりますから。

 そして、被告人質問。まずは弁護人から。

弁護人「今から振り返って被害女性に言いたいことはありますか?」

被告人「心身共に傷付けて申し訳ないです」

弁護人「事件のことを訊きますが、犯行前日の行動を教えてください」

被告人「夜9時くらいに起きてレストランに行きました」

弁護人「その後は?」

被告人「友人とサウナに行きました」

弁護人「被害女性とはいつ会ったんですか?」

被告人「夜12時に会って、歩いて帰りました」

弁護人「そこで別れ話を切り出されたと。別れ話は出たけど一緒に部屋に戻って、そこでスピーカーを落としたのがきっかけで暴行を働いたと」

被告人「はい」

弁護人「で、証拠によると医者から自閉スペクトラムと診断されてるんですね。具体的にどんな症状ですか?」

被告人「イライラして物に当たったり、暴力を振るったりとか…」

 犯行自体は認めているので、弁護人としては事件の詳細は訊かずに自閉スペクトラムに関する質問に集中していました。その影響下での犯行ですよ、と。これで初公判は時間いっぱいで、閉廷。

 1週間後に第2回公判が行われました。この日は検察官からの質問です。

検察官「大学は中退してるんですかね?」

被告人「はい」

検察官「その理由は?」

被告人「違法薬物で逮捕されたからです」

 それくらい経歴を見れば分かるだろうとは思いますが、あえて被告人の口から言わせたかったようです。

検察官「事件の前に別れ話になったと。原因は何ですか?」

被告人「1月から話してたんですけど、僕が暴れることです」

検察官「一旦話はまとまったんですか?」

被告人「はい。それで家に戻ろうと」

 検察官としても事件に関してはこれしか訊きませんでした。そして…。

検察官「自閉スペクトラムと診断された、と。イライラすると物に当たっちゃう?」

被告人「はい」

検察官「具体的には?」

被告人「壁を殴ったりです」

検察官「物だけじゃなく人も殴っていた、と。その辺を歩いてる知らない人を殴ったりはしてないでしょ? 親しい人と違う人で差があるのは何故?」

被告人「心を許してしまうからだと思います」

検察官「なんで殴るの?」

被告人「自分をコントロール出来ませんでした」

検察官「でも、死ぬまで殴ったりはしてないですよね。そこはコントロール出来てた?」

被告人「殺そうとは思っていないので……おそらく判断してたんだと思います」

 殴っちゃう衝動はコントロール出来ないけど、力の加減は出来ているのが検察官としては引っかかっていたようです。

検察官「証拠によると、普段は処方された症状を抑える薬を飲んでいたと。この日飲んでなかったのは?」

被告人「友達とサウナに行ってたので飲めませんでした」

 弁護人からの質問で出てきてたサウナってのが、事件の原因の一つでもあったんですね。

検察官「今後は社長さんのところで働くんですか?」

被告人「はい」

検察官「実家には戻らないんですか?」

被告人「一回暴れたことがあって。今回またやったのでお父さんが怒っています」

検察官「誰か傍聴には来てます?」

被告人「母親が来てくれてます」

 ファンらしき若い傍聴人が多い中、ちょっと年齢高めの人が傍聴席に座っていたので不思議に思ってたら母親だったようです。父親は怒っていても母親は心配で見守ってるんでしょう。最後は裁判官から。

裁判官「スピーカー落とした後に彼女が『物を壊したら終わりだよ』と言ったと。どういう意味だと思いました?」

被告人「多分…2人の関係が終わりだと思いました」

裁判官「被告人としては別れたくなくて頭に来た?」

被告人「はい」

 好き過ぎて、その気持ちが暴力として表現されたわけですね。これはなかなか生きにくいよなぁ。

裁判官「薬は月に一度処方されていた、と。服用は?」

被告人「1日3回です」

裁判官「この日はいつ飲み忘れたんですか?」

被告人「昼と夜の2回です」

 普段より調子が悪かったんでしょう。そこに追い打ちをかける別れ話。この後、検察官が罰金30万円を求刑して結審となりました。

 そして9月末。被告人に判決が言い渡されました。結果は、罰金30万円。拘置所にいた1日を5000円の罰金の支払いとするという判決で、被告人はすでに60日以上拘束されているので罰金は支払い済みになります。

 傍聴席にはファンらしき人もいたので、被告人質問では今後のアーティスト活動についての言及があっても良さそうなのに全く触れられずでした。

阿曽山大噴火(あそざん・だいふんか)
大川興業所属のお笑い芸人であり、裁判所に定期券で通う、裁判傍聴のプロ。裁判ウォッチャーとして、テレビ、ラジオのレギュラーや、雑誌、ウェブサイトでの連載多数。

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