今年5月、一人のメンズ地下アイドルが窃盗の容疑で逮捕された。犯罪の舞台は深夜のクラブ。踊っている客のポケットから財布を抜き取っていたという。わずかな傍聴人が見守る中、彼が語った芸能界の悲哀とは…。お笑い芸人で裁判ウォッチャーの阿曽山大噴火がリポートする。
大手の事務所に所属せずに、主に小さなライブハウスなどで活動する男性アイドルグループをメンズ地下アイドル、略してメン地下なんて呼び方をします。多くの人には知られてないんだけど、一部の人には熱狂的に支持されている格好良い男性が世の中にはたくさん存在するのです。そんなメン地下のメンバーを被告人とする刑事裁判が東京地裁で行われました。
罪名:窃盗
被告人:アイドルグループメンバーのフィリピン国籍の男性(22)
この手の裁判だとファンが傍聴席に集まるパターンが多いのですが、週刊誌の記者らしき男性2人を含めた4人しか傍聴人がおらず、寂しい法廷…。これがメン地下の現実なのか…。
今年の5月23日午前0時40分から2時52分の間、被告人は共犯者と共謀して、東京都渋谷区のクラブ店内で女性のショルダーバッグから財布を抜き取り、男性2人のポケットから財布を抜き取ったという3つの事件で起訴されていました。
罪状認否で被告人は「間違いないです」と日本語で罪を認めていました。一応、通訳人も裁判官の前にいたのですが、日本語での受け答えは完璧。検察官の冒頭陳述によると、被告人はフィリピン共和国出身で高校在学中に日本に住む母親に勧められて、兵庫県の高校に編入。短大進学後に東京の芸能事務所に所属して、犯行当時は芸能活動をしていたそうです。去年の夏頃に、共通の知人を介して共犯者と知り合い、東京都内のクラブで踊っている客の財布を2人で盗んでいたという。
そして犯行当日の5月23日。店内で財布がなくなった客が多いことを不審に思った従業員は、店を出る人に対して所持品検査を開始。すると、被告人と共犯者の2人が走って逃走したので取り押さえたというのが事件の流れになります。
従業員は取り調べに対して「いつも以上に、財布がなくなったという報告があったのでボディチェックを2時50分頃に始めた。すると2人の男が逃走したので追い掛けた」と述べているそうです。普段から財布の盗難が多い店だったようです。
財布をスリ取られた被害男性は取り調べに対し「ジャンプをしながら踊っていると財布を入れていた右前のポケットが軽くなった。財布を落としたのかと思い、床を探したが見つからず、店の外に出ると警察官が『スリ被害が発生している』と言って財布を返してくれた」と供述しているそうです。店内は暗めだったのかも知れませんが、踊っている人の前ポケットから財布をスリ盗ってバレないのはかなりの熟練者ですよね。
取り調べに対し被告人は「今年の2月頃から被害店舗に共犯者と行っていた。2人で店に行く時は毎回スリをしていた。この日はスリをしてお店を出て、2人で現金を分けた。まだ盗めると思って店に戻った」と述べているようです。逮捕された時に共犯者は財布を5つ持っていたらしく、被害は他にもありそうですが起訴されたのは3つだけ。
法廷には、兵庫県に住む被告人の祖父が情状証人としてやって来て、今後は同居して監督すると約束していました。続いて、被告人質問。
弁護人「2人で実行役と見張り役に分かれていたと取り調べで答えてますけど、どういう手口でやってたんですか?」
被告人「客が沢山いる所に行って、人が多いほど盗むのはカンタンです」
弁護人「取れそうな財布を見つけたら共犯者に伝えるんですか?」
被告人「それはないです」
弁護人「見つけたら自分で盗るんですか?」
被告人「そうです」
見張り役とか実行役とかはハッキリ分かれてなかったようです。
弁護人「共犯者と知り合ったのはいつですか?」
被告人「2023年7月」
弁護人「盗みはいつからやってたんですか?」
被告人「2023年11月頃からです」
弁護人「何回くらい盗みやりましたか?」
被告人「覚えていません」
逮捕が今年の5月なので、去年の11月から半年くらいスリを続けてたと。
弁護人「何故こんなことをやるようになったんですか?」
被告人「東京に住むようになってから経済的に厳しくて。バイトしながらの芸能活動が結構大変で。本業…芸能活動ですけど、収入も少なくて、仕事も決まってなくて…。でも時間は取られて、バイトもあまり出来なくて…」
メン地下の活動が金にならないという切ない現実…。とにかく、アイドル活動が自分の生活を圧迫していたようです。財布を盗んで被害者を困らせながら、ファンに愛嬌を振りまいて楽しませていたとは…。
弁護人「経済的に困っていることを家族とかに相談しましたか?」
被告人「自分の悪いところですが、結構強がりで。家族に頼らないようにしていたので、家族に伝えてなくて…」
弁護人「でも、芸能活動のせいで生活出来なくなってたんですよね?」
被告人「芸能活動は小さい頃からやりたかったことだったんで。最初から上手くはいかないので、もうちょっと我慢したら続けられると思って、夢に向かって頑張ってました」
弁護人「当時はそう思ってたと。でも、捕まってしまったら夢とかの話じゃなくなりますよね?」
被告人「そうですね…。こういうことになって芸能の仕事はかなり…と言うか、もう難しいです。前に進むしかないので、前からやりたかった目標があるので、裁判終わったら別の目的を果たします」
弁護人「今後はどんな仕事をするつもりですか?」
被告人「観光の勉強をしてたのでそういう仕事を。3カ国語話せるので」
どうりで日本語ペラペラ。今後はアイドルを卒業して旅行関係の仕事をすると約束したところで、時間切れです。検察官と裁判官からの質問は次回に持ち越しで初公判はこれにて閉廷です。
約1カ月に第2回公判が行われました。傍聴席には、大学生らしき若者数人が座っていましたが、被告人のファンなのかどうかは分からず。初公判を見逃したので、続きだけでも見たいということでしょうか。この日は検察官の質問からスタートです。
検察官「共犯者と知り合ったきっかけは何ですか?」
被告人「共通の友達から紹介されました」
検察官「いつからスリをやってたんですか?」
被告人「去年の11月頃です」
検察官「共犯者は、去年の8月って言ってるんですけど」
被告人「私の記憶では違います」
この辺は共犯者の供述と食い違ってますが、長期間にわたって2人でスリをやっていたのは間違いなさそう。
検察官「見張り役と実行役に分かれてスリをしてたけど、どっちが何をやるかは決まってなかったと?」
被告人「そうです」
検察官「最初の1回目はどっちをやったんですか?」
被告人「よく覚えてません」
検察官「誘われてスリを始めたんですよね。すぐに実行役って出来るんですか?」
被告人「出来ました」
検察官「共犯者は、あなたが大阪のクラブでスリをやっていたから誘ったって言ってるようですけど」
被告人「やってません!悪者にする為に言ってるんだと思います」
関西の方でも被告人がスリをやっていたのかは分かりませんが、逮捕をきっかけに被告人と共犯者の仲は悪くなっているようです。
検察官「今後も日本で暮らすんですか?」
被告人「はい」
検察官「今保釈されてますけど、共犯者と連絡取ってますか?」
被告人「もうとっくに縁切りました」
と、もう共犯者と会う気はないと約束して検察官からの質問は終了。最後は裁判官から。
裁判官「2人で均等に分けてたの?」
被告人「はい、折半です」
裁判官「今回盗ったものはどこで山分けしたの?」
被告人「現場の近くです。そしてまた店に戻って」
裁判官「取り調べでは、高価な財布だったら売却していた、と。売った金も山分け?」
被告人「そうです」
分配の金額で揉めるということもなく半年続いたスリコンビもこれにて解散です。この後検察官が懲役2年4月を求刑。最終陳述で被告人は「もう一度やり直すチャンスを下さい。これからは真面目に生きていきます」と述べて結審です。
そして、11月21日に判決が言い渡されました。
結果は、懲役2年4月執行猶予5年。執行猶予は最長が5年です。これ以上執行猶予が付けられないので、実刑をギリギリで回避したことになりますね。理由としては、前科前歴が無くて、反省の態度が見られて、被害者の1人と示談が出来てるから。示談出来てなかったら刑務所行きもあり得たかも知れませんね。現役メン地下の人知れず行われた裁判でした。
阿曽山大噴火(あそざん・だいふんか)
大川興業所属のお笑い芸人であり、裁判所に定期券で通う、裁判傍聴のプロ。裁判ウォッチャーとして、テレビ、ラジオのレギュラーや、雑誌、ウェブサイトでの連載多数。