東大大学院教授が警鐘「日本で7200万人が餓死する!」(3)和食文化推進が“圧力”で抹消された

 ──このように、食料危機時には、各国の思惑により、食料輸出が操作されてしまう。それに対応するためには、安全保障の観点から食料の確保を考えねばならないが、鈴木教授によると、今の政府は、そうした危機に対応できていないという。

 もちろん、政府の中にも食料自給率を上げようと思っている人はいます。しかし、今の政府で力を持っているのは、経済産業省や財務省。戦後の経産省の基本的な考え方は「農業を生贄にして、自動車などの輸出を増やしていけばいい」というものです。一方、財務省(旧大蔵省)の財政政策の基本も、農業予算を切っていくというもので、これは現在も変わっていません。

 なぜ、経産省、財務省の主張ばかりが通り、やって当然の農業政策ができないのか。根本的な原因は「政治」にあります。かつては自民党の「農水族」が一大勢力をなしており、党全体としても農業を重視していました。そのため、仮に財務省が農水予算を削ろうとしても、一定の歯止めがかかっていました。

 しかし、中選挙区から小選挙区への移行をきっかけに、農地のない選挙区、農業の割合が低い選挙区が増え、政治家にとって農業が重要問題ではなくなってしまいました。加えて、農業自体が縮小し、票田としての価値が下がってしまったという事情も影響しています。こうしたことが積み重なって生じた農政全体の「ゆがみ」が、日本の食料問題の根幹にあるのは間違いありません。

 ──自動車などの輸出を伸ばすために国内農業を犠牲にして輸入を推進する。その政策を進めるため、政府はメディアを通じて「農業は過保護だ」という、国民への〝刷り込み〟をしてきた、と鈴木教授は指摘する。

「農家は補助金漬け」というのは虚構です。日本の農家の所得のうち、補助金が占める割合は3割程度です。EUの農業所得に占める補助金の割合は、イギリス・フランスで90%以上、スイスではほぼ100%であり、日本は先進国の中でも低い方。一定程度の食料自給率を維持していくためには「国による支援」は絶対に必要です。

 余談ですが、農水省は06年、食生活を和食中心にすれば食料自給率が63%まで上がると計算し、和食文化の推進をやろうとしました。目標数値としては悪くなかったと思いますが、すぐに〝抹消〟されました。農産物の輸入を推進させるという流れに反するからでしょう。「よけいな計算をするな」という圧力がかかったことは間違いありません。

 本当のところ、農家支援には大しておカネはかかりません。コメ1俵を作るためには1万2000円程度のコストがかかりますが、実際に各地のJA(農業協同組合)や経済連などによる買い取り額は9000円程度しかありません。その差額を国が補填した場合、主食米700万トン全量を補填しても3500億円程度です。

 一見、莫大な金額に思えるかもしれませんが、国の予算全体を考えれば、さほど大きな額ではありません。米国製ステルス戦闘機「F35」の購入・維持予算は6.6兆円という莫大な金額ですが、いざ食料がなくなった時、戦闘機を食べることはできません。

 安定した食料供給は安全保障の根幹です。食料安全保障のために、農業政策を抜本的に変更する時が来ているのではないでしょうか。

鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)東京大学大学院農学生命科学研究科教授。「食料安全保障推進財団」理事長。東京大学農学部卒。農林水産省に15年ほど勤務したあと、学界へ転じる。九州大学農学部助教授、九州大学大学院農学研究院教授などを経て06年9月から現職。

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