コロナショックやウクライナ紛争の長期化に伴い、世界的な食料不足への懸念が強まっている。多くの食料を輸入に依存する日本も例外ではない。直面する「食料危機」の現状について、食料安全保障の専門家で東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授が警鐘を鳴らす─。
昨年夏に発表されたひとつの論文が、日本の「食料安全保障」研究の世界に衝撃を与えました。米国ラトガース大学の研究チームが世界的学術誌「Nature」の姉妹誌「Nature Food」に〈国際物流停止による世界の餓死者が日本に集中する〉との研究結果を発表したのです。
この画期的な論文では、局地的な核戦争が勃発した場合、直接的な被爆による死者は2700万人だが、「核の冬」による食料生産の減少と物流停止による2年後の餓死者は世界全体で2億5500万人に上るとされ、そのうちの約3割が食料自給率の低い日本に集中すると記されています。
実際、37%とされている日本の食料自給率は、種と肥料の海外依存度を考慮すれば事実上10%に届かないくらいなのです。従って、物流停止の直撃で世界の餓死者の約3割、7200万人が日本から出るという推定は大袈裟ではありません。
──こう話すのは、昨年11月に著書「世界で最初に飢えるのは日本」(講談社+α新書)を刊行した東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授。同書は半年で9刷と売れ行きを伸ばしている。そんな鈴木教授が深刻な脅威に直面する日本の食料事情について詳しく説明する。
日本のカロリーベースの食料自給率は、20年の時点で約37%という低水準です。「37%もあるなら、まだまだ大丈夫」と思う人もいるかもしれませんが、この数字はあくまで楽観的なものにすぎません。
農産物の中には、種やヒナなどを、ほぼ輸入に頼っているものがあります。それらを計算に入れた「真の食料自給率」はもっと低くなります。農林水産省のデータに基づいた私の試算では、2035年の日本の「実質的な食料自給率」はコメが11%、野菜は4%など、壊滅的な状況が見込まれるのです。
──20年に始まった「コロナショック」は、世界中の物流に大きな影響を与えた。食料の輸入自体への打撃も大きかったが、食料を生産するための生産資材も日本に入って来なくなったのだ。
生産資材というのは、農機具のほか、人手や肥料、種、ヒナなど、農産物の生産要素全般のこと。日本では野菜の種の9割を輸入に頼っています。野菜自体の自給率は80%ですが、種を計算に入れると、真の自給率は8%しかありません。
種は国内の会社が販売していますが、約9割は海外企業に生産委託しているのが現状です。そこに直撃したのがコロナショックでした。海外の採取現場との行き来ができず、輸入がストップするという事態に直面したのです。
コロナショックが引き起こした問題は他にもあります。日本の畜産はエサを海外に依存しています。
例えば、鶏卵は97%を自給できていますが、ニワトリの主たるエサであるトウモロコシの自給率は、ほぼゼロ。そもそもニワトリのヒナは、ほぼ100%輸入に頼っています。世界規模の感染病や戦争によってエサやヒナの輸入が止まってしまえば、鶏卵の生産量は1割程度まで落ち込んでしまうでしょう。
鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)東京大学大学院農学生命科学研究科教授。「食料安全保障推進財団」理事長。東京大学農学部卒。農林水産省に15年ほど勤務したあと、学界へ転じる。九州大学農学部助教授、九州大学大学院農学研究院教授などを経て06年9月から現職。
(つづく)