フェイスブックが社名をメタ・プラットフォームズに変えて、メタバース(仮想空間。または仮想空間内での社会生活)の開発を事業の柱にするとしたのが、21年10月。一方、アップルもヘッドセットを開発しているという噂はかねてからあり、メタバースの分野でメタにどう対抗していくのか注目が集まっていた。
そして6月5日、とうとうアップルが定例のイベントであるWWDC(世界開発者会議)の場でヘッドセットの「Vision Pro」を公開した。しかも6月1日にはメタが新型のヘッドセット「Meta Quest 3」を発表したばかり。とはいえ、両者は似て非なるものだったようだ。
「アップルが発表したヘッドセットとメタのそれとでは、同じヘッドセットでも中身は大きく異なります。メタのヘッドセットは、装着すると目の前に仮想現実が広がるVR(仮想現実)の技術を採用していますが、アップルはVRとAR(拡張現実)の両方を用いたMR(複合現実)です。ですからアップルのヘッドセットを装着すると、目の前には現実の風景が見えて、その上にアプリが浮かび上がるようになっています。価格も段違いで、メタが7万4800円からなのに対し、アップルは49万円もします」(経済ジャーナリスト)
開発に7年もかけたとされるだけに、発表の仕方も力が入っていた。アップルのティム・クックCEOはVision Proの発表に当たって、「One more thing(もう1つあります)」と前置きして、紹介に入った。この「もう1つ」というのは、アップルの新製品発表の際にあのスティーブ・ジョブズ氏が多用していたお馴染みの表現だ。だが、クック氏が使うときはかなり厳選されていて、これまでにアップル・ウォッチ、アップル・ミュージック、アイフォンⅩ、アップルMIを発表した時にのみ使用している。主要な新製品としては8年前のウォッチ以来ということもあり、こんなところからもアップルの力の入れ具合がわかるというのだ。
また、アップルは決してメタバースという言葉を使っていない。そこにも大きなメッセージ性が込められているという。
「メタバースはVRの世界に没入するその没入感が肝心との考えに成り立ちますが、アップルは没入感を逆に、現実社会から閉じた考えとしてとらえているのです。なので、現実社会にデジタル情報を付加するARの方を重要と考えてきたとされています。クック氏はVision Proを『アップル初の空間コンピューター』と表現しました。見た目は似ていても、両社の製品は発想と文化が根本から大きく異なるのです」(前出・ジャーナリスト)
仮想か拡張か複合かは別として、アップルの描く世界が「新たな現実」となる日も近いのかもしれない。
(猫間滋)